「生薬の玉手箱」は御影雅幸先生の監修・執筆のもと、1991 年より掲載されてきた連載です。現在、株式会社ウチダ和漢薬のウェブサイト〈https://www.uchidawakanyaku.co.jp/kampo/tamatebako/〉に掲載されており、バックナンバーのほとんどを閲覧することができます。このサイトの冒頭に連載開始時の“まえがき”が掲載されています。「経済の発展に伴い消費者の健康に対する関心が高まる中で、生薬の需要も増えている。しかし、製剤の中身である各生薬の品質にまで関心を持つ人がどれほどいるのであろう。」とあります。この連載は生薬の基本情報に加え、奥深さ、そして面白さを身近な話題と合わせて発信してきました。最終回はバックナンバーの一部を振り返ってみたいと思います。

 黄連は、第25 回(1993.10)で「わが国でほぼ100%自給される生薬の一つですが,最近では価格の面で中国産に押され気味で,栽培が衰退し始めていることは,品質面から考えても惜しいような気がします」、そして「丹波黄連の出荷量が多くなっています」とあります。丹波黄連の主産地である丹波地域は、2005 年に高齢化と価格低迷のために栽培農家が消滅してしまいました。第339 回(2019.12)では黄連の国産品が3.6%にまでも落ち込んだことが紹介されています。

 当帰は、第27 回(1993.12)で「日本では大深当帰と北海当帰のみが使用されており、産量は北海当帰の方が多い」とあります。その後、第337 回(2019.10)では、中国産のAngelica acutiloba に由来する当帰が輸入され、日本産当帰は27% (2016 のデータ)であることが記載されています。このように情報をたどると、当時と現在で名称はそれぞれ「黄連」、「当帰」と変わりませんが、その由来は大きく変わっていることを知ることができます。

 この連載が開始された当時の日本薬局方は第十二改正(1991.3.25 発令)でしたが、現在は第十八改正日本薬局方第二追補(2024.6.28 発令)です。この間の記載の変化も比較することができます。例えば麻黄は「Ephedra sinica 又はその他同属植物」でしたが、第十三改正の第一追補より「Ephedra sinicaE.intermedia 又はE. equisetina」の3種に限定されました。呉茱萸は「ゴシュユEvodia rutaecarpaBentham の果実」[第32 回(1994.5)]でしたが、学名が修正され「ゴシュユ Euodia ruticarpa Hookerfilius et Thomson の果実」[第331 回(2019.4)]となりました。また甘草は、第十六改正(2011)まで「グリチルリチン酸 2.5% 以上を含む」と規定さ れてきましたが、第十七改正(2016)から「グリチルリチン酸 2.0% 以上を含む」に改正されたことが記載されています[第335 回(2019.8)]。さらに第十三改正(1996)、第十四改正日本薬局方(2001)にかけて収載生薬の品目数が急速に増加した際には、 新規収載された麻子仁、茵蔯蒿、枸杞子、杜仲、鬱金などを紹介してきました。

 2019 年、日本漢方生薬製剤協会生薬委員会により「日本における原料生薬の使用量に関する調査報告(生薬学雑誌, 73(1), 16-35, 2019)」が発表されました。この論文で、平成28(22016)年時での日本産生薬の自給率が10.7%であることが初めて明らかにされ、日本中に衝撃をもたらしました。この連載はそれ以降、生薬資源の危機問題や国産化の必要性を配信する役割も担いました。

 学術面では甘草の「偽アルドステロン症」の原因物質[第335 回(2019.8)]や麻黄湯の抗ウイルス作用[第343 回(2020.4)]、山梔子を含有する漢方処方の長期服用による「腸間膜静脈硬化症」[第369 回(2022.6)]なども紹介してきました。

 近年のCOVID-19 パンデミック以来、漢方薬の需要は増加傾向にありますが、冒頭で紹介した“まえがき”のとおり、その原料である生薬の資源について考える人は多くないかもしれません。江戸時代、内藤蕉園先生は『古方薬品考(1841)』の中で次のように記載しています。「今雖處的方若薬非真則豈得其効験乎(適方を処方したとしてもその薬物が正しくなければどうしてその効果が得られようか)」。生薬の需要はブームにより増加し、供給は資源枯渇で減少します。生薬の品質が変わる要因が多くあります。例えば野生品は栽培品に、国産が海外産に、手作業が機械化など。この刻々と変化する様子を難波恒雄先生は「生薬は生きている」と表現されました。「生薬の玉手箱」には時代とともに移り変わる変化が刻まれています。私も短期間ですが執筆に関わる機会を得まして改めて「生きている生薬」を感じることができました。今後も様々な場面でバックナンバーを活用いただけたら幸いです。長年にわたりご愛読いただきありがとうございました。

(神農子 記)