基源:ダイダイ:Citrus aurantium L.
グレープフルーツ:Citrus aurantium L. Grapefruit Group
医療に携わる専門職の方は、グレープフルーツジュースと聞くと「薬物相互作用」を連想することでしょう。グレープフルーツジュースに含有されるフラノクマリン類は、小腸上皮細胞に存在する薬物代謝酵素であるシトクロムP450(CYP)の分子種の一種類であるCYP3A4 を不可逆的に阻害してしまうのです。例えば私達が医薬品を服用した場合、通常は胃の中で溶解して、小腸上皮細胞から吸収されます。この際、医薬品の成分によっては、小腸の上皮細胞で代謝酵素により分解されるものがあります。このような医薬品は分解されることを想定した服用量が設定されているのです。もしCYP3A4 により分解される成分を含有する医薬品を、グレープフルーツジュースと同時に摂取した場合、本来は分解されるはずの医薬品が分解されずにそのまま体内に吸収されることになります。結果として血中濃度が上昇し、薬効の増大や持続、そして副作用のリスクが高まることになります。CYP3A4 に分解される医薬品は Ca 拮抗薬、HMG-CoA阻害剤、免疫抑制剤などがあります。薬物代謝酵素の発現には大きな個人差があることがわかっており、どのくらいの量なら大丈夫か、どのくらい間隔を空ければよいか、一概には決定できません。グレープフルーツジュースと相互作用を起こすことが明らかな医薬品を服用する場合は、グレープフルーツジュースとの併用は控えなければなりません。
では、植物学的に近縁であるダイダイはどうなのでしょうか?ダイダイの果汁はその味からジュースに適していない場合が多く、ダイダイジュースはそれほど普及していません。しかしフラノクマリン類を含んでいますのでグレープフルーツ同様に注意が必要です。一方、生薬としてのダイダイの利用は、成熟した果皮を乾燥した「橙皮(トウヒ)」としてです。橙皮は漢方薬には配合されないのですが、トウヒチンキとして胃腸薬や矯味矯臭薬として使用されてきました。実はフラノクマリン類の含量はジュースよりも果皮部の方が圧倒的に多いのです。例えば、フラノクマリン類の代表的な化合物に 6′, 7′-ジヒドロベルガモチン(DHB)がありますが、ダイダイの果汁に含有されるフラノクマリン類を DHB換算で算出した場合、果汁1 mL 中にフラノクマリン類が3.2マイクログラムであるのに対し、果皮(ホモジナイズ処理したろ液)には72マイクログラムと、10倍以上であることが報告されています(医療薬学, 32(7), 693-699, 2006)。フラノクマリン類が果皮に多いのはグレープフルーツも同様で果汁が1 mL 中に13.0マイクログラム、果皮は3,600マイクログラムと200倍以上にもなります。最近は柑橘類の果皮をマーマレードとして利用することも増えているように思いますのでジュース以上に注意が必要です。
先の文献はこれ以外にも様々な柑橘類のフラノクマリン含量も示しています。詳細は原文をご覧いただきたいのですが、代表的なもののみ抜粋します。
いずれも1 mL 中のマイクログラムで表記します。
バンペイユ:果汁12.5、果皮75、ブンタン:果汁2.25、果皮660、ハッサク:果汁0.92、果皮20、レモン:果汁0.05、果皮180、ユズ:果汁0.01、果皮0.4。
果汁には入っていなくても果皮含有するもの。
イヨカン:果皮0.2、スダチ:果皮0.14、キンカン:果皮0.02。
ミカン(ウンシュウミカン)やデコポンには果汁、果皮ともに含有していません。このような柑橘類を比較してみても、注意すべき共通の外径上の特徴はなさそうです。「グレープフルーツジュースはコップ1杯でも相互作用が起こることがある」ことを元に計算すると約2,600マイクログラム(=2.6ミリグラム)程度の摂取に注意が必要です。薬物相互作用にはミカン以外の多種類の柑橘類、特にマーマレードの摂取に注意すべきことを示してくれています。
橙皮は漢方薬に配合されないと記載しましたが、橙皮はもともと西洋薬です。現在の科学的な理解ではフラノクマリンと薬物の相互作用ということで負の効果が強調されています。しかし古来の薬効である健胃作用に、CYP3A4阻害が何らかの関与をしていることも考えられます。今後の解明に期待したいと思います。