2024年7月3日20年ぶりに日本銀行券が改刷されました。偽造防止対策として最新の技術が取り入れられ,その際にデザインも一新されます。新紙幣の肖像として採用されたのは渋沢栄一,津田梅子,北里柴三郎です。近代医学の発展に貢献した北里柴三郎先生が選出されたことは薬学関係者として非常に嬉しく思います。さて,紙幣には肖像以外にも様々なものが描かれており,植物では旧5千円券には尾形光琳作の燕子花図(かきつばたず)が,新5千円券にフジの花が描かれています。両植物とも我々日本人にとって馴染みのある植物です。

 旧5千円券に描かれたカキツバタIris laevigata Fisch.はシベリア南部から日本にかけて分布する多年生草本で,日本では中部以北の水湿地に群生します。5-6月頃に濃紫色の花を開きます。根は去痰薬として利用されてきました。和名のカキツバタは書き附け花が転化したものとされており,書き附けとはこすりつけることで花の汁を布につけ染める行事です。万葉集には「かきつはた 衣に摺り付けますらをの 着襲ひ狩する 月は来にけり」とあり,花が染料として用いられていたことが記されています。狩りとは薬狩りを指しており,カキツバタの花で衣服を染めて,宮廷の男たちが狩りをする5月がやって来たと大伴家持は詠んでいます。薬狩りとは男性が鹿の角をとり,女性は薬草を摘む宮廷儀礼で,推古19年(西暦611年)5月5日に現在の奈良県宇陀市で行われたと『日本書紀』に記されています。以降毎年5月5日に薬狩りが行われたとされ,現在ではこの日が「薬日(くすりび)」とされています。

 新5千円券に描かれたフジも古来日本人にとって馴染み深い植物であり,古事記には『藤の花衣』の伝説があり,松尾芭蕉も「くたびれて 宿かる頃や 藤の花」と詠んでいます。フジ Wisteria floribunda (Willd.) DC.は日本の固有種で,本州,四国,九州の山野に生え,観賞用として庭園などに植えられているつる性の落葉低木です。幹は著しく長く伸びて分枝し,葉は互生して有柄の奇数羽状複葉,小葉は4-6対つきます。4月頃,紫色の蝶形花が総状花序を作って垂れ下がります。花が終わったあとは大きく平たい豆果を生じ,果皮はかたく,細毛で覆われています。花が白い変種はシロバナフジと呼ばれ,淡紅色のものはアカバナフジと呼ばれています。よく似た植物としてヤマフジ W. brachybotrysもありますが,他の物に巻き上がる方向がフジは左巻き(S巻)であるのに対してヤマフジは右巻き(Z巻)であることから区別が可能です。また,牧野富太郎博士は日本ではこの植物の名称に対して「藤」の1字をあてているがこれは誤りであり,正しくは野田藤(ノダフジ)であると言っています。野田はフジの名所である大阪市福島区にある地名に由来します。

 フジの樹皮からは afromosin,formononetin やその配糖体である wistin,ononin などが,花からは luteolin,apigenin,kaempferol 及びそれらの配糖体などが報告されており flavonoid を豊富に含むようです。また,フジ瘤は薏苡仁,訶子,ヒシの実などと配合し,利尿,いぼとりなどを目的として使用されています。一方,近年はフジの有毒成分であるレクチンが注目されています。レクチンとはタンパク質または糖タンパク質の一種で糖に対する特異的結合活性をもつ物質の総称で,植物の中では特にマメ科に多く見られ,70種類以上ものレクチンファミリーを形成しています。フジ由来レクチンは非還元末端の N-アセチルガラクトサミンを認識することが知られており,肝線維化,肝内胆管がん,肝臓がん,卵巣がんなどにおいて健常人と患者を見分けることが可能であり,血清糖鎖バイオマーカーとして期待されています。

 新千円券の肖像である北里柴三郎先生の業績に血清療法があります。破傷風の正体を毒素と考え,段階的に動物に与えることにより免疫を獲得させ,その動物から採取した血清が抗毒素,すなわち抗体の発見となりました。その後破傷風やジフテリアのワクチン開発に繋がり,多くの人々の生命を守る結果となりました。しばらくは新旧の両方の紙幣が流通しますので,改めてお手元の紙幣に注目してみてはいかがでしょうか。

(神農子 記)