基源:イネ科(Gramineae) 本品はチガヤ Imperata cylindrica(L.) Raeusch. var. koenigii (Retz.) Pilg. の細根及び鱗片葉をほとんど除いた根茎である。
能登半島地震から早半年が経ち,1 年の折り返し月の6 月となりました。一年の半分にあたる6 月30日には,半年間の自身の穢れや災厄を祓う神事「夏越しの祓(なごしのはらい)」が各地の神社で行われます。この神事に使用されるのがチガヤの葉で作られた「茅の輪(ちのわ)」です。神社に設置された直径3 メートル近い茅の輪をくぐりながら,向こう半年間の無病息災を祈願します。
夏越しの祓いに茅の輪くぐりを行うようになったのは,『備後国風土記』に書かれている蘇民将来の話が由来となっています。嫁取りの旅に出た武塔神(むとうしん)が宿を乞うたところ,裕福な弟の巨旦(こたん)将来は断り,その兄の貧しい蘇民将来はもてなしました。武塔神は恩返しとして蘇民将来に「茅の輪」を授けました。武塔神はその夜,茅の輪を付けていない巨旦一族を滅しました。武塔神は自らが素盞烏尊(すさのお・すさのを)であることを明かし,後の世に疫病があれば,「蘇民将来子孫」と言い,茅の輪を腰に着けた人は免れると告げたということです(『日本古典文学大系2 風土記』,pp.488-490,岩波書店,1958)。
薬用部位である根茎は白く,匍匐性で,目立つ節から細根と芽をだします。世界最強の雑草の一つにも挙げられているように旺盛な繁殖力で,一度蔓延すると駆除が大変な作業となります。駆除に苦労しているのが,鳥取砂丘です。チガヤを含む雑草が砂丘に広がり砂丘の20%が緑化しています。国定公園に指定されているため,除草剤や重機を使用することができず,毎年3,000 名を超えるボランティアが緑化から砂丘を守っています。一方,時代をさかのぼると,東京の多摩川原で年間6,000 キログラムの茅根を生産していました。多摩川茅根は高品質で知られ,中国にも輸出していました。毎年12 月から翌年3 月に採取し,乾燥。川原は砂地で,採取が容易であったので農閑期の婦女子の副業として行われていました(植物研究雑誌,9 巻,pp.439-445,1933)。
さて,肝心な薬用は『神農本草経』に「味甘寒」,『名医別録』に「五淋を下し,腸や胃にある客熱を除き,渇きを止め,筋を堅くする」とあります。李時珍は「白茅根は甘くしてよく伏熱を除き,小便を利す,故によく諸血,咽逆,喘急,消渇を止め,黄疸,水腫を治すには良いものだ。世人は軽微になるが故におろそかにし,ただ苦寒剤さえ用いれば良いものと心得て、ために沖和の気を傷つける結果を招いている。このことに気づきそうなことはない」と記しています。茅根は「寒」でありながら,「甘」であるため胃を損なわず,腸胃の熱を取り,利水作用,出血傾向に効果のある生薬です。先に李時珍が記しているように,症状が軽微な場合こそ茅根を使用して欲しいのですが,実際,茅根の使用量は2020年度で374 kg(中国産)です(生薬学雑誌, 77, 24-41,2023)。陶弘景が「茅根は服食断殻に甚だ良し。一般医方に用いるは稀で,煎汁で淋,及び崩中を療するくらいのものだ」と書いているように,今も昔も薬用に供されることは少ないのでしょうか。
茅根はサポニン,フラボノイド,ポリフェノールのほか,ショ糖やブドウ糖などの糖類,クエン酸やシュウ酸など有機酸を含有しており,その作用として利尿,止血,抗炎症,抗酸化,抗腫瘍,免疫調節機能が報告されています。現在では医薬品として利用するよりもその機能性が着目されており,中国では歯磨き粉,食酢,お茶、ワインなどに茅根が利用されています。
能登半島地震の早期復旧を願いつつ,今年,お近くの神社に「夏越しの祓い」に出かけてみてはいかがでしょうか。