基源:ヨウジウオ科(Syngnathidae)のオオウミウマHippocampus kelloggi Jordan et Snyderを始めとするHippocampus属動物の内臓を除去し乾燥したもの。

 今年(2024年)の干支は甲辰(きのえたつ)です。日本では十二支の中に唯一実在しない動物が充てられています。『本草綱目』には「龍は九種の動物に似た点があり,頭は駱駝,角は鹿,眼は鬼,耳は牛,項は蛇,腹は蜃,鱗は鯉,爪は鷹,掌は虎に似ている」と記載されており,龍(辰)が空想上の生き物であることがわかります。一方,辰年に関連する生薬として海馬が挙げられます。海馬の原動物はタツノオトシゴ(龍の落とし子)の類で,その絵姿から一見空想上の生き物のように思われますが,こちらは実在する動物(魚)です。食用にはされませんが,近年水族館などでは人気者で,様々な種類のタツノオトシゴが飼育展示されています。

 海馬は唐時代の『本草拾遺』に初めて収載され,別名として水馬,龍落子,水雁,海蛆などが記載されています。寇宋奭は「首は馬のよう,身は蝦のようで,背が傴僂で竹節紋があり,長さ二,三寸のものだ」と言っています。また,徐表の『南方異物志』には「海馬は,状態は魚のようで頭が馬のようである。喙は垂下し,黄色のものもあれば,黒色のものもある。海人はそれを捕っても食わない。曝乾し,又は火で乾かして難産の時にそなえる」とあるので,タツノオトシゴの類であることがわかります。『本草綱目』には「海馬は,雌雄対をなしてその性温暖なるもので,難産及び陽虚,房中術に多く用いるのであって,蛤蚧,郎君子の功力のようなものだ」と述べられています。

 現在流通する薬材としての「海馬」には,海馬(水馬),海蛆(小海馬),刺海馬の3種があり,海蛆は海馬の幼少なものを指しており,体長は長さ7 cm以下のものとなっています。一方,海馬の大型なものは体長が23 cm位にも及び,刺海馬は体長が15 cmくらいで,背面に,2〜4 mmの刺を具えているのが特徴です。中でも一般に市場に流通しているのは、最も大型になる海馬です。海馬の原動物はオオウミウマと呼ばれ,体形は側面が扁平で,腹部は少し突出し,胴部は七角形,尾部は四角形。頭冠は短小で,先端にはやや後方に湾曲した短小なとげ5個があります。吻は長く管状で,目は比較的大きく,側眼で高いところにあります。口は小さく,吻の先端にあり,歯はありません。全身は黄色や青色で,体側には白い線状の斑点があり,骨質の体輪が覆っていますが鱗はありません。尾の先は巻いており,多くは深海の藻類が繁茂する所に生息し,休むときは通常尾端を海藻の茎や枝に巻きつけます。主に小さい甲殻類を捕食します。

 海馬の薬効について、陳蔵器は「婦人の難産にはこれを焼いて末にして飲服する」とし,蘇頌も「難産及び血気痛に主効がある」と言っています。李時珍は「水臓を暖め,陽道を壮にし,瘕塊を消し,行腫毒を治す」としています。以上,古来,海馬は強精・強壮剤として,興奮作用,性欲促進作用などを期待して使用され,また老人および衰弱者の精神衰弱にも用いられてきました。また,腹痛に海馬の粉末を鎮痛の目的で用いることもあるようです。これらは総じて鹹味がある海産物の補腎作用を期待したものと考えられます。

 「海馬」とよく似た生薬に「海龍」があります。海龍は『本草綱目拾遺』の介部に収載されており,別名として楊枝魚や銭串子などと称されています。『譯史』には「この物には雌雄があって,雌は黄で,雄は青い。功は海馬に倍し,房を益す。箔れば分娩促進に捷効がある」とあります。海龍は海馬と同じくヨウジウオ科に属する動物で,海馬に比して長条形で瘠形です。全身に美しい花紋および細横紋があります。用途は海馬とほぼ同じく,補腎,壮陰に用いるほか,陰痿,不妊症の治療に応用されます。また,焼いた海龍は夜尿症に有効とされます。

 海馬,海龍の原動物であるヨウジウオ科の魚は雄が出産することで知られています。しかし実際は雌が雄の育児嚢に卵を生み稚魚になるまで雄が育てることに由来するようです。近年,人間社会においても同じような役割分担の重要性が取り沙汰されるようになっています。生命は海で生まれました。果たして,海の生物の方がひと足先を進んでいるのでしょうか。

(神農子 記)