Equisetum arvense L. (トクサ科)

 前回は春らしく「菜の花」が話題でした。確かに、昨今の種々の紙面に見る春の景色はサクラやナノハナやチューリップなどが多く、思えば人の手が関与した景色です。一方、子供の頃を振り返って、野山で最も春らしさを感じた植物を思い出せばツクシであったような気がします。すぐ近くに、一緒にタンポポやスミレやイヌノフグリなども咲いているのですが、なぜかそれらの黄色や紫の目立つ花を差し置いて、地味なツクシに目が奪われたのは、まだどこかに自然の一員としての本能的な行動を残している子供心が、土中から芽吹くという春の息吹を感じたのでしょうか。いずれにせよ、今思えば綺麗な花に目もくれず、片手いっぱいにつくしを摘んだのが子供の頃の春の思い出です。果たして、目的は何だったのでしょうか?一度は丁寧にはかまを外して卵とじか何かにして食べた記憶もありますが、別段おいしくもなく、2度目はなかったように思います。そんなツクシですが、今でも子供向きの本の挿絵などには必ずと言って良いほど登場します。読者の皆様方にも地味で目立たないツクシの魅力が一体どこにあるのか、ぜひ再考していただきたいと思います。

 さて、前置きが長くなりすぎましたが、周知のように、植物名(和名)スギナはシダの仲間で、俗にいうスギナは栄養茎、ツクシは胞子茎ということになります。前者は植物体を育てるためにもっぱら光合成を行い、後者は胞子を作って子孫を撒き散らします。このようにスギナは栄養茎と胞子茎を別の形で作るシダ植物で、両者は地下に伸びる根茎で繋がっています。話は逸れますが、実はこの黒くて細くて硬い根茎は薬用人参栽培者には嫌われています。白い人参の根に絡みついて外すのに苦労するのだそうです。

 そして、おかしなことに、ツクシなどには一切興味を示さなかったように記憶する青年期を過ぎ、更年期になると今度はスギナに目が行くようになります。その理由もよくわからないのですが、筆者が撮り溜めた写真も、近年はツクシよりもスギナが多くなっています。一つには、スギナが杉菜であることを理解すると、古人が杉林に見立てた姿を求めるようになったのが理由かも知れません。ようやく出会ったそれらしい写真を掲載しておきます。

 また、近年の健康食ブームでスギナ茶を利用する人が多くなっています。ネットではカリウムに基づく利尿作用のほか、解熱、鎮咳、また美容効果なども紹介されています。また、多くのシダ植物がビタミンB1破壊酵素を含んでいますので、それに対する注意事項も正しく掲載されています。現れては消えていく健康食品が多い中で、スギナに根強い人気があるのはそれなりの理由があるのでしょう。冒頭のツクシの魅力と何らかの関連があるのでしょうか?スギナは多く湿地に生えます。水分代謝機能の向上は健康の基本なのかもしれません。

 一方、生薬に携わるものとして中国の古典籍を繙いてみますと、李時珍は『本草綱目』の中で藏器曰くとして「味は苦、平、無毒。主に結気、瘤痛、上気、気急をつかさどり、煮汁を服す」と記していますが、それ以上の記載はなく、中国においては古来それほど利用されてこなかったようです。乾燥した土地が多い中国では、スギナ自体が日本ほど一般的ではないことも理由なのかもしれません。ならば、中国の人々が抱く春のイメージがどんなものなのかを聞いてみたいものです。

(神農子 記)