Thujopsis dolabrata Siebold et Zucc. var. hondae Makino
新年早々能登半島で震度7を記録する大地震がありました。テレビ報道によりますと、数千年に一度起こるかどうかという規模であるとする説もあります。複数の断層が動き、放出したエネルギーは熊本地震や兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の数倍規模であったとも報道されています。半島北部の海岸線が4mも隆起して、船舶による救援を阻み、また今後の漁業にも大きな影響が出そうです。そうした初期ニュースの一場面で、現地に向かう報道車が、倒れた木々を押し除けながら進む中に、ほんの一瞬でしたがヒノキアスナロの枝が見えました。
ヒノキ科のヒノキアスナロは石川県の県木に指定されています。アスナロThujopsis dolabrata Siebold et Zucc. の変種で、アスナロよりも枝幅がやや狭く、植物分類学的には丸い毬果に角状の突起がないことで区別されます。青森ヒバとも呼ばれ、アスナロは木曽を中心に青森県から鹿児島県に分布していますが、ヒノキアスナロは青森を中心に関東地方以北に分布しています。
そのヒノキアスナロが、本来分布しない能登半島に植林されているのは実は漆器で有名な輪島塗の木地として適しているからです。材が硬くて丈夫であること以上に、熱による膨張が少ないことが利点です。漆塗りの椀に熱い汁物を入れても膨張しないので漆がひび割れることがないという訳です。他にも建築用材のほか、まな板としても良質で、包丁のあたりの良さ以外に、含有する精油に抗菌作用があり、まな板を清潔に保ち、黒ずんだりしません。精油成分としてヒノキチオールやツヨプセンなどが知られています。なお昨今、ひば油として市販されている精油は専らヒノキアスナロ由来のもので、抗菌、防虫、消臭剤などとして利用されています。
一方、薬用としては古来アスナロが民間的に肝臓病薬として利用されてきました。以前、能登半島に行った際には枝打ちした枝葉を薬用として集荷地に送っていると聞きました。アスナロ葉としてヒノキアスナロも利用されていたのでしょうか。香りを楽しむ入浴剤としても利用できます。また、同じヒノキ科のコノテガシワThuja orientalis L.(=Biota orientalis Endl.)は葉及び小枝が側柏葉として古来、関節痛や各種出血の治療に用いられてきました。
能登半島地震の被害の全容は現時点でまだ明らかになっていません。震度5強を記録した隣県のくすりの富山県でも製薬企業の製造・販売に支障が出ています。アスナロは未来への希望を意味します。またヒノキアスナロは現地では一般的にアテと呼ばれ、財布に入れておくと幸福があてにできるとも。災害からの復興は容易ではなさそうですが、せめて植物の名前にあやかってでも1日も早い復興を祈るばかりです。
