カキノキ科(Ebenacae)のカキノキは種小名にkakiとありますが、中国原産の果樹で、日本へは奈良時代に伝来したと考えられています。薬用植物としてのカキノキはしゃっくり止めの柿蒂や健康茶としての柿の葉がよく知られていて、以前にもこの欄で紹介しました。昨今、クマが柿の実を狙って人間社会に姿を現すニュースを見るにつけ、改めてカキノキの薬用について『中薬大辞典』をはじめとする文献を調べ、柿蒂以外のものについてまとめてみました。
柿子(シシ):柿の実のこと。降霜から立冬の間に採り、赤くなって渋が抜けたら食用とする。『名医別録』に性味は「甘・寒・無毒」と記載されていることから、古くから薬用に利用されていたことがわかります。その後の本草書などから薬効に関してまとめますと、概ね「清熱し、心肺を潤し、止渇する。熱による喉の渇き、咳嗽、吐血、口瘡を治す。腸を渋らせ、下痢を止め、痰を消し、胃を開き、虚労不足を補う」など、多彩な効能が見られます。一方、『図経本草』には「脾胃虚弱者で、痰疾が強く咳が出るもの、脾虚による下痢のある者には不適で、また柿とカニを食べ合わすと腹痛、大下痢を起こす」と禁忌事項が書かれています。日本では柿は体を冷やす食材として一般に知られています。総じて、柿の多食は慎むべきとまとめることができそうです。実際、過食により胃石を生じるという報告があり、また柿の糖度は20度を超えるものもあり、糖質制限中の人には要注意食材です。
柿餅(シヘイ)・干柿:大型の柿の皮を剥いて平たくし、日に晒し夜露に濡らして乾かし、甕の中に入れて白霜が生じたら取り出します。性味は一般に甘渋・寒とされますが、乾燥方法の違いにより種々の区別があり、薬効的にも異なるとされ、例として、火熏した「烏柿」の性は熱、日干した「白柿」の性味は冷で多食してはいけないなどです。ただし、それぞれを暖、平とする意見も見られます。肺を潤し、腸を渋らせ、止血の効能があり、吐血、喀血、血尿、腸出血、痢疾などにそのまま食すか煎服されます。
柿霜(シソウ):柿餅にした際に表面に生じる白い微粉末。干し柿の表面に生じる白色の粉末を掃き集め、鍋に入れて加熱して溶かし、飴状になったら特別な型に流し込んで日に当て、7割ほど乾燥したところで取り出し、再び日に当てて十分に干せば柿霜餅ができる(直径約6cm深さ約6mmの円盤状)。湿気により潮解し易いので乾燥した冷暗所に保存する。性味は甘・涼で、口にすると甘くて清涼感があるという。清熱し、燥を潤し、痰を化す作用があり、肺熱乾嗽、咽乾喉痛、口内炎、吐血、喀血、消渇などに応用されます。他薬と合してトローチ剤にして服用することもあります。李時珍は「柿霜はカキの精液であり、肺をはじめとする上焦の病に最も優れたものである」と述べています。
柿皮(シヒ):柿の実の皮で、清代の『滇南本草』に、「疔瘡をはじめとする腫毒の治療に貼る」と記載があります。
柿漆(シシツ)・柿渋:未熟で青くて渋い果実を採って突き潰し、甕に入れて適量の水を加え、よくかき混ぜて約20日間静置し、カスを取り除いて残った無色の膠状の液体が柿渋で、高血圧に1〜2匙を牛乳又は重油と共に1日2〜3回服用するとされます。味は渋苦です。日本では別種のシナノガキ(マメガキ)で柿渋を作りますが、『本草綱目』ではシナノガキは別項に挙げられています。
その他、樹皮(柿木皮:シボクヒ)が下血や火傷の治療に、根(柿根:シコン)あるいは根皮が止血薬として血崩、血痢、痔瘡などに内外用する記事が見られました。なお、葉の薬用についてはいずれの古書にも記載がありませんでした。
今年の秋は深山ではブナをはじめとするクマの食餌が不作で、東北や北陸地方で里の柿を狙ってクマが市街地にまで降りて来るなどして多数の人的被害が起きていることが毎日のように報道されています。確かに里山には今や実が放置された柿の木を多く見かけます。風情のある景色ですが、今後、柿の実の味を覚えたクマが、山の幸が豊富な年でも降りてくることがないよう願うばかりです。