朝ドラ「らんまん」もいよいよ佳境に入りました。皆様がこの文章を目にされる頃は新しいドラマがスタートしている時期ですが、今はまだテーマソングとともに目まぐるしく入れ替わる植物画像を楽しんでいます。その中にアザミの花があります。「らんまん」では週ごとに植物名の副題が設定されていて、第10週が「ノアザミ」でした。今回はそのアザミの仲間が話題です。
マツやサクラと同じく、単にアザミという植物はありません。キク科アザミ属植物Cirsium spp. の総称です。一般にはトゲのある植物として知られ、日本には100分類群以上が報告され、トリカブト属と同様たいへん分類が難しい一群です。その中でノアザミCirsium japonicum Fisch. ex DC. だけが春から夏にかけて咲く種類で、他は秋に咲きます。ノアザミの特徴は春に咲くことのほか、総苞を触るとねばつくことでも他種と区別できます。
薬用としてのアザミ属は『名医別録』の中品に「大小薊根」の名称で収載されています。牧野富太郎先生は『国訳本草綱目』の註で、大薊はアザミの一種に相違ないが種まではわからない、一方の小薊はノアザミだとしています。薬効的には『名医別録』に「大薊は婦人の赤白帯下を主どり、胎を安んじ、吐血、鼻衂を止め、人体を肥健にする」と書かれ、後の『開宝本草』では陳臓器本草を引用して「小薊は宿血を破り、新血の激しい下血、腫れ物の出血や嘔血などを止める。汁を搾り取って温服するーーー」とあることから、中国では古来止血薬として利用されてきたことが伺えます。
一方、我が国でもアザミ属は古くから民間薬として利用され、大塚敬節先生の『漢方と民間薬百科』によれば、ノアザミの薬効として、「外耳炎で耳の痛むときは、生の根をすりおろしその汁とガーゼに浸して、痛む耳に差し込んでおく。腫れ物に生の葉を絞って汁をつける。痔瘻に茎、葉ともによくゆがいて水でよく洗い、乾かして粉末とし、1日6〜10グラムを飲む。胃の病に根20グラムを1日分として煎じて飲む。肺炎に生の根を突きただらし、小麦粉で練って足の裏に貼る。」などと記されています。これらの使用方法は『本草綱目』にも記されておらず、日本独自のものと考えられますが、由来は不明です。また、四国地方ではアザミ根は「和続断」の名称で神経痛などに使用されており、地方的に薬効が異なるようです。ただ、『本草綱目』では「大薊小薊」のすぐ後に「続断」の項目があり、何らかの混乱があったのかも知れませんが、これも詳細は不明です。日本で薬用とされる植物種としてはノアザミが一般的なようですが、四国ではシコクアザミCirsium yoshinoi Nakai var. shikokianum Kitam. が使用されるなど、各地方での優先種が利用されてきたようです。
最近では民間療法はすたれ気味ですが、山菜としての利用はまだまだ盛んです。一般にはアザミ属の若葉や開花前の茎が利用されます。いずれの種類でも利用できますが、秋に咲く種類の方が大型に育つものが多く、利用しやすいです。煮物やお浸しが一般的でしょうか。硬い茎は皮を剥いて利用するのがよく、山菜の中では美味な部類に入ります。『図経本草』にも「茎が二、三寸の時に根とともに採って菜にして食べると美味である」と記されています。なお、山牛蒡漬けとして市販されているものはモリアザミCirsium dipsacolepis Matsum. の根で、主に信州地方で栽培されています。山牛蒡の名は『日華子諸家本草』に見られますので、これは中国の影響が考えられます。
さて、「らんまん」に一瞬登場するアザミはドラマが始まった当初、ぱっと見でハマアザミだと思っていたのですが、副題ではノアザミになっていました。ハマアザミは伊豆半島から九州に至る主に太平洋側の海岸に生育する種類で、ドラマが演じられる内陸では見られないことから、全国的にごく普通に見られるノアザミになったのかといぶかっていたのですが、もしやと思いハマアザミの学名を調べてみますと、果たしてCirsium maritimum Makino と牧野先生の命名になる種でした。あるいは私の勘違いなのかもしれませんが、いずれにせよ植物好きの人間には大いに楽しませてくれるドラマに違いありません。