ネギ属(Allium spp.)植物と聞けばネギやタマネギをはじめとする独特の香りが思い浮かぶことでしょう。本欄ではこれまでに薤白(152回)や大蒜(199回)を話題に取り上げてきました。その際、前者の原植物としてラッキョウAllium chinense G.Don(ユリ科Liliaceae)を、後者にはニンニク Allium sativum L.(ユリ科 Liliaceae)と、共にユリ科植物としてきましたが、近年のAPG分類体系(Angiosperm Phylogeny Group)によるとネギ属はヒガンバナ科(Amaryllidaceae)に組み替えられています。周知のように従来の新エングラー体系やクロンキスト体系が外部形態的な形質による分類であったのに対して、APGはゲノム解析による全く異なる基準による分類体系です。当初はジギタリスが旧体系ではゴマノハグサ科であったのがAPGではオオバコ科になるなど、その大きなギャップに戸惑いを感じましたが、最近の科学界ではAPG体系が主流になりつつあり、日本薬局方でも採用され始めています。戸惑いの一方で、旧体系によるユリ科とヒガンバナ科は子房の位置のほか、外見上は花のつき方(チューリップのように花茎先端に1個の花がつくかヒガンバナのように複数の花がつくか)の違いもあったのですが、それに従うとネギは花茎先端に多数の花がつくのでヒガンバナ科と判断できるので、その点ではAPGの方が納得しやすいように思います。そうしたこともあってかネギ属はAPG初版(1998年)ではネギ科(Alliaceae)として特立させる意見でしたが、第三版(2009年)でヒガンバナ科に再編成された経緯があります。調べる文献によって科が異なるのはこのような理由からで、今後も研究と見直しが進むものと思われます。
ネギ属はネギA. fistulosum L. のほか、タマネギ、ニンニクなどは比較的長期保存が可能な野菜としていつも手元にあり、古くから家庭での民間療法に利用されてきました。中でもネギの白い茎は感冒時に利用することでよく知られており、生か煎じて服用すると体を温め、粥にして熱いうちに食すとさらに発汗効果が高いとされます。また、寝つきの悪い人にはネギやタマネギを刻んで枕元に置くと効果があるとされ、江戸時代から行なわれていたようです。ニンニクについては古来世界中で薬用に供されてきたことを以前紹介しました。
日本に野生するネギ属植物として有名なものにギョウジャニンニクA. victorialis L. subsp. platyphyllum Hultenがあります。本州中部地方以北の深山林床に群生し特に急斜面に多くみられます。アイヌネギの別名があるように古来アイヌ民族の重要な食糧でした。また、行者ニンニクの名が示すように荒行をする行者と結びつける名前もありますが、その由緒ははっきりしないようです。一般に山菜として若い地上部を食しますが、需要が多いため栽培もされています。民間療法では鱗茎を食欲増進や疲労回復に使用されてきました。なお、種小名のvictorialisは勝利を意味し、ヨーロッパに分布する基準亜種が薬用あるいは疫病忌避などに優れた効果があることに由来するとされます。ニンニク同様、食べ過ぎには注意した方がよさそうです。
ノビルA. macrostemon Bungeも日本全国の日当たりの良い道端や畔に多くみられます。ラッキョウと同様に鱗茎が薤白として利用されるほか、民間的には鱗茎の黒焼きが喉の痛みや咳に使用されてきました。
ヨーロッパでもハーブとして精神安定、食欲増進などを目的に利用されるチャイブA. schoenoprasum L. var. schoenoprasumがよく知られています。日本に野生するアサツキA. schoenoprasum L. var. foliosum Regelはチャイブの変種で、同様に利用できるでしょう。
なお、多くのネギ属植物が夏(6〜7月)に花を咲かせるのに対して、ラッキョウやヤマラッキョウA. thunbergii G.Donは秋(10〜11月)に花を咲かせます。鳥取市のシンボル花は砂丘近くで栽培されるラッキョウです。赤紫色の花が畑一面に咲いている姿は見応えがあり、一見の価値があります。
ネギ属植物にはほぼ共通して殺菌作用や食欲増進作用があります。暑いこの時期に活躍する薬用植物として有効に利用できるのではないでしょうか。