ドクダミ Houttuynia cordata Thunb. (ドクダミ科 Saururaceae)
ドクダミは日本を代表する民間薬として広く知られています。以前、このシリーズの中でも早い時期にご紹介しましたが(第36回)、今月号のテーマを考えていた折にちょうど朝ドラでドクダミが取り上げられていましたので、再度話題にすることにしました。
ドクダミは日本では三大民間薬の一つに数えられるなど有名な薬草ですが、実は多くの日本民間薬の拠り所になったと考えられる中国明代の『本草綱目』には内服薬としての記載がありません。「主治」の項には他書からの引用で悪瘡などに外用することが記され、著者の李時珍も熱毒による腫れ物や脱肛などへの応用を記すのみで、他書の情報を集めた「附方」の項にも7種の利用方法を収載していますが、全て外用薬としての効能です。逆に内用に関しては、葉を多食すれば気喘(肺塞栓のような症状)をおこし、脚にも悪影響があることが引用記載されています。ドクダミは『名医別録』に「蕺」の名称で下品に収載されていますから、やはり有毒あるいは作用が激しい薬物として認識されていたようです。ドクダミには独特の臭気があるので他の植物と間違えることはなく、古来異物同名品の存在も考えられません。ドクダミを内服する日本の民間療法に関しては、少なくとも『本草綱目』の影響はなさそうです。
大塚敬節先生が著された『漢方と民間薬百科』(主婦の友社、1966年)には外用以外にも内服薬(煎じ薬)として、高血圧、便秘、カゼ、梅毒、淋疾、蓄膿症などへの適応が紹介されています。引用文献が書かれていませんので典拠は不明ですが、多くの古典籍や患者さんからの情報などを参考にした経験則なのかも知れません。序文を見る限り、大塚先生は漢方薬のほか民間薬にも確かな薬効を認めておられたようです。なお、小泉栄次郎著『和漢薬考』(1893年)には外用や浴湯料のほか、茶剤として血の道症、寸白、疝気などに全草を使用することが記されており、古くからさまざまな民間療法があったことが窺えます。
ところで、件の朝ドラ主人公のモデルとなった牧野富太郎博士創刊の『植物研究雑誌』第7巻2号(1930年)に、但馬地方在住の竹中幸恵氏が「どくだみ地下茎ノ食べ方」と題して同地方で多く行われているという食用方法を紹介されています。「採取期ハ土用後(9月下旬カラ10月初旬頃)ガ一番適當ト言ワレテオリマス、其ノ頃地下茎(私ノ地方デハ単ニ根ト云ヒマス)ヲ取ッテ來テ筵ニ入レテ何日モ揉ンデハ乾シ、乾カシテハ揉ンデ手デ折ッテ見テ折レル位ヨク乾シテ、折レル様ニナッテカラ槌デヨク打チ砕キマス、ソウシマスト細カイ根ヤ、大抵ノ汚物ハ皆打チ砕カレテシマイマス、ソレヲとほしデ振ッテ小サイ粉(即チ泥ヤ根ノ打チ砕カレタモノ)ト非常ニ大キナモノトヲ取リ去リ、略々同ジ位ノ長サ(凡十糎)ノモノバカリニシマス、コレヲヨク乾シテ貯蔵シテ置クノデス、ヨク乾イテヰテ貯蔵ガヨロシカッタナラ二三年位保ツコトガ出來ルソウデス」と随分と手間のかかる方法が書かれていて、続いて食べ方も小豆や甘薯と一緒に煮る方法などが丁寧に紹介されています。そして最後の方で、「イズレニシテモ餘リ美味トハ言ヘマセンガ中ニワ一寸藥クサイ香ヒガアルノデ非常ニ好ム人モアリマス、どくだみノ地下茎ハ婦人病ニ効能ガアルト言ヒマスカラ藥トシテ食ベルニハ先ヅ食ベヨクテ美味シイ方カト考ヘラレマス」とまとめられています。『植物研究雑誌』は今では世界中に流布し、今年で98巻になる著名な学術雑誌です。その創刊から間もない時期の記事としても興味ある内容です。
ドクダミの食用は東南アジアでは一般に行われていることです。サラダで食べることもあれば、煮て食べることもあり、筆者も珍しさが手伝って何度となく町中の食堂で口にしました。先ほどの記事にあったようにあまり美味だとは言えませんが、ドリアンと同様、ドクダミの匂いを好む人があってもおかしくないかも知れません。ただ、暑い地域では問題ないのでしょうが、ドクダミにはやはり体を冷やす作用があり、肺や脚への悪影響もその作用と考えられ、とくに冷え性の方の食用や飲用は注意が必要でしょう。
朝ドラではドクダミが根茎を引いて長屋の建物に沿って繁茂していました。ドクダミは地下に引く根茎で縦横無尽に増えて絶やすことが困難なため、庭に植えたくない植物の代表とされます。他にもハッカ、トクサ、竹の仲間なども同じ理由で嫌われますが、牧野博士の目にはこのような植物が果たしてどのように映っていたのでしょうか。