ワラビPteridium aquilinum (L.) Kuhn(コバノイシカグマ科)とゼンマイOsmunda japonica Thunb.(ゼンマイ科)。

 今年のソメイヨシノの開花は各地で観測史上最早を記録しましたが、続くボタンやシャクヤクの開花も例年より早くなりそうです。同様に、山菜の季節到来も相応に早くなるものと思われます。今回の話題は山菜として馴染みの深いシダ植物のワラビとゼンマイです。

 ワラビと言えば何と言ってもわらび餅でしょうか。ワラビはクズやカタクリとともに古くから澱粉の原料とされてきた植物です。ワラビの根茎から得られる澱粉(ワラビ粉)は、糊にすると粘度が極めて強いことから、以前は和傘、提灯、襖などの製造に利用されていました。食品としてもワラビ粉は馴染み深いものでしたが、採るのが大変なことから、現在ではサツマイモなど他の植物澱粉を使用したものもワラビ餅と呼ばれています。また、ゼンマイの根茎からも澱粉を取ることができ、その味はワラビ粉に優るとも言われてきましたが、これも現在では手に入りません。

 ワラビとゼンマイはともに芽生え(若葉)が山菜としてよく利用され、山間部の民宿などでは必ずと言って良いほど食卓に上ります。特にゼンマイは茹でた後に乾燥して保存されたものを水で戻して煮物として出されます。春に野山を散策していると摘んだワラビやゼンマイを手にした人たちによく出逢います。それほど誰もが知る庶民的な山菜だと言えます。一方、山菜として摘む時期のワラビやゼンマイの姿は知っていても、大きくなってからの両者を見分けられる人はごく少数のようです。

 ワラビは冬には地上部が枯れる夏緑性のシダ植物で、やや乾燥した日当たりの良い野原や山野に普通にみられます。直径約1cmの根茎が地中を長く匍匐し、これがワラビ粉の原料となります。山菜時期はまっすぐに伸びた茎の先に毛深い小さな拳が着いたような姿で、他に間違えやすい植物はなさそうです。地下に伸びた根茎の所々から出るので、茎は株立ちせず独立して地上に出てきます。取らずにおくとやがて拳が開き、三角状卵形の葉身となり、大きい葉では長さ1 m以上にもなります。葉は3出羽状に分裂し、他の植物にない特徴としては羽状に分裂する各羽片や裂片が先まで分裂せず、先が短い尾状になることです。胞子嚢群は葉縁に内側に巻くようにつきます。

 一方のゼンマイも夏緑性ですが、谷間の日陰や林下などやや湿気た場所に多く生え、根茎を引かず株立になり、葉は数枚が叢生します。二葉形すなわち胞子葉と栄養葉の区別があり、食用にするのは栄養葉の方で、胞子葉はオニゼンマイなどと称して食用にはしません。若葉は周知のように先が丸くなり、和名はこの姿を古銭の形(銭巻)になぞらえたものとされます。栄養葉は2回羽状複葉で高さ1mほどになり、小羽片は辺縁に細鋸歯がありますが羽状には分裂しません。

 薬用植物としてのワラビは、根茎が「蕨菜」と呼ばれて利尿作用や腫れ物の消炎、解毒作用があるとされています。含有成分としてアミノ酸、フラボノイド、タンニン、サポニンなどの他、発がん性があるとされるプタキロシドや家畜に有毒なブラキシンC、チアミナーゼなどが報告されていますので、山菜として利用する際には大量の水でよく茹でる必要があります。

 ゼンマイの根茎はかつて中国の山東省周辺などで「貫衆」の名で流通していました。しかし、貫衆の原植物は古来非常に混乱し、根茎が塊状になる多くの種が利用されてきました。貫衆は『神農本草経』の下品に収載され、解毒、駆虫などを目的に使用されてきた薬物で、現在ではヤブソテツの仲間が多く使用されますが、おそらく同じ薬効を有する様々なシダ植物が利用されてきたものと考えられます。

 山菜としてのワラビやゼンマイを調理する際には必ず灰汁抜きを行います。これは苦味やえぐ味を取るための下準備ですが、先述のように有害成分を除去する重要な意味合いがあります。山菜事故に関する報道が毎年のように繰り返されます。誤食は自然の無理解の結果にほかなりません。ワラビとゼンマイ、今年は葉が開いた時期の姿も是非観察していただきたいと思います。なお、沖縄地方ではオオタニワタリやホウビカンジュ(鳳尾貫衆)などのシダ植物の若い葉先が食用されます。ともに美味ですので、機会があれば是非賞味してください。

(神農子 記)