基源:ユリ科 (Liliaceae) のカタクリ Erythronium japonicum Decne. の鱗茎に含有されるデンプン。

 早春に開花し,夏前には地上部が枯れてなくなり地下部だけが残って休眠する植物のことを「スプリング・エフェメラル Spring Ephemeral」と総称します。直訳すると「春のはかないもの」という意味ですが,これらの植物の可憐な花から「春の妖精」とも呼ばれています。カタクリはスプリング・エフェラメルの代表格ともいえる植物です。地下深くにある鱗茎のデンプンを集めたものが真の片栗澱粉,通称「片栗粉」であり,植物名とともによく知られているものです。

 カタクリは学名の種小名に「japonicum(日本の)」とあるように,日本を中心に本州の中部以北,北海道,さらに南千島,サハリン,ロシア沿海州,朝鮮半島と,日本海の周辺地域に分布しています。早春の雪解けに合わせてまず2枚の長楕円形の葉を展開させて,その間から1本の花茎を伸ばします。花は花茎の先端に1個下向きに付きます。早朝から時間の経過とともに鮮やかな紅紫色の6枚の花被片が反り返ります。この姿が,群生地となればさらに美しく多くの方を魅了します。開花後しばらくして結実を終えると地上部はすべてなくなります。

 カタクリの生活史は複雑かつ巧妙です。実生1年目の苗(葉)は細長い糸状をしており,年を経るに従い次第に狭長楕円形,狭卵形,広卵形と葉が広くなり,花を咲かせる株(有性個体)になるまで毎年葉は1枚のみです。実生から開花できる大きさに達するまでに最低7年間が必要であるとされます。花は,外花被(ガク)と内花被(花びら)が接する内側の子房の基部に蜜腺があります。虫媒花で,この蜜を求めて飛び回るハナバチの仲間が花粉の運搬役になっています。昆虫を誘引するために花被や雄しべ,雌しべには紫外線を吸収するフラボノイド類を含んでいます。結実した蒴果の中から放出される種子にはエライオソームという付属部が付いています。この付属部には脂肪酸や高級炭化水素が豊富に含まれ,これらの化合物に惹きつけられるアリによって種子とともに地中の巣穴に運ばれていきます。カタクリはこのように受粉も種子の散布も虫たちに手伝ってもらっています。

 カタクリの地下部には豊富なデンプンを含む鱗茎があります。5〜6月頃に鱗茎を掘り,外皮を取り除き,鱗茎を砕いて潰します。水を加えてすりつぶして,綿布でこして,白く濁った水を静置して得られるのが片栗澱粉です。この片栗澱粉は薬用として,擦り傷,おでき,湿疹などに塗布されました。またカゼ,下痢,腹痛のあとの滋養には,片栗澱粉に少量の水と砂糖を加えて,熱湯でくず湯のようにして飲むと良いのだそうです。もちろん食用としての利用もありました。しかしカタクリの鱗茎は小指の先ほどの小さなものです。必要量の片栗澱粉を得るためにはとても大変な作業であったことが想像できます。

 現在,カタクリの個体数は全国的に減少傾向にあり,多くの都道府県で絶滅危惧種に指定されています。今では野生品のカタクリを採集することは困難になっています。周知のように市販の「片栗粉」はずっと以前からバレイショデンプンです。一方,花蕾をつけた若芽や葉などは古くから山菜として利用され,北国ではしばしば市場に出回っています。都会近辺では採集できるほど大きな群落を見つけることは難しく,またあっても採集が憚れますが,採集する場合には根から掘るのではなく開花株の根元を持ってゆっくりと引き上げると地下10cmほどの深さにある鱗茎のすぐ上で切れて鱗茎は残り,個体を絶やす心配はありません。市場で売られているものはそのようにして採集されたもので,真の片栗粉を得るのは自然破壊に繋がりますので今日では慎むべきです。

 スプリング・エフェラメルにはカタクリのほか,同じくユリ科のコバイモの仲間(貝母の原植物),アマナの仲間,ケシ科のエンゴサクの仲間(延胡索の原植物),キンポウゲ科のニリンソウ,フクジュソウなどがあります。コロナ禍の行動制限下の運動不足の解消も兼ねて,皆様のご自宅近くのスプリング・エフェラメルを見つけに出かけてはいかがでしょうか。

(神農子 記)