前回は秋の七草に数えられるフジバカマを話題にしました。今回も、秋の七草に因む話題です。
周知の様に秋の七草は平安時代の歌人、山上憶良の詩の中に詠まれています。「秋野尓 咲有花乎 指折 可伎數者 七種花(あきののに さきたるはなを およびをり かきかぞふれば ななくさのはな)」「芽之花 乎花葛花 瞿麦之花 姫部志 又藤袴 朝皃之花(はぎのはな をばなくずはな なでしこのはな をみなへし またふぢばかま あさがほのはな)」がよく知られる原文です。若菜が食用とされた春の七草と異なり、花を愛でることを目的として選ばれたとされますが、見方を変えれば全て薬用植物として利用できるようです。憶良が紹介した順に中国の本草書などを紐解いてみました。
ハギ(萩):明代に書かれた『救荒本草』に「胡枝子」の名称で初見されるほか、各地の民間療法書にマメ科のLespedeza属のヤマハギL. bicolorの茎と葉が利用されることが記され、主に肺熱による咳嗽や淋疾患の治療に用いられてきました。ヤマハギは日本にも自生する低木ですが、薬用に関する知識は伝えられなかったか、あまり重要視されなかった様です。
ススキ(芒):薬用としての芒は唐代に書かれた『本草拾遺』に初出します。「人畜が虎や狼に傷つけられて毒が内部に入る虞れがあるときに(芒)の茎と葛根を濃く煮た汁を服す。また生の汁も服す」と紹介されています。日本では殆ど縁のない効能であり、使用される機会もなかったものと考えられます。
クズ(葛):根は葛根湯の主薬です。繁茂する蔓は山林の雑草として嫌われ者ですが、薬草また食草として優れものです。葛根としての利用のほかに、葛粉(根から採れるデンプン)や葛花は酒毒を解する良薬としてよく利用されてきました。また、伸びる蔓先は山菜として利用できます。
ナデシコ(瞿麦):瞿麦は『神農本草経』の中品に収載されているナデシコ科の植物です。日本にはカワラナデシコDianthus superbus var. longicalycinusが野生していますが、中国ではセキチクD. chinensisも薬用にされてきました。花の部分だけを使用するのが良いとされ、利尿、消炎薬とされますが、通経作用があることから妊婦には禁忌です。
オミナエシ(女郎花):茎頂に黄色い小さな花を多数つける秋草で、これまではオミナエシ科植物とされていましたが、最近のAPG分類体系ではスイカズラ科に組み入れられています。『神農本草経』の中品に収載されている「敗醤」の1原植物とされ、薬用部位の根には醤油が腐敗した様な匂いがあり、消炎、排膿、駆瘀血薬などとされます。同属のオトコエシPatrinia villosaの花は白色で、同様に使用されます。
フジバカマ(蘭草):蘭の名前が、いつしか花が美しく芳香を有するラン科のシンピジウムにとって替わられたフジバカマですが、現在では「佩蘭草」の名称で薬店で売られています。佩(はい)は腰に帯びるという意味で、香るフジバカマを袋に詰めて身につけたことに由来する名称です。詳細は前回記事をご参照ください。
アサガオ(朝顔):憶良が詠んだ「朝皃(貌)」には一般にキキョウが当てられていますが、「朝に咲く花」としてはキキョウは相応しくない点や、『枕草子』にユウガオの花はアサガオに似ていると記されていることなどから、朝皃はアサガオではなかったかとする説があります。一方、7種全てを秋の野に咲く花から選んだとすると、アサガオは不適切になります。中国からもたらされた多くの植物が薬用種であったことを考えると、アサガオ種子が古い時代に瀉下薬として渡来したことは十分考えられます。当時はアサガオ、キキョウ、またムクゲなどがみな朝貌と呼ばれていたと考えるのが良さそうです。
さて、思案・生命力・根気・純愛・親切・ためらい・愛情、以上は秋の七草それぞれに複数ある花言葉の中から筆者が選んでみたものです。秋をキーワードに、読者の皆様には如何に感じられるでしょうか。なお、愛情はアサガオの花言葉で、キキョウの場合は誠実や永遠の愛になります。