基源:オトギリソウ科 (Hypericaceae)のセイヨウオトギリHypericum perforatum L.の開花期枝先部の乾燥品
夏が近づくと全国各地でオトギリソウ科の花が見られるようになります。身近な公園や花壇では大型の花を咲かせるビヨウヤナギHypericum monogynumやキンシバイH. patulumが植栽されており,山野では花が小型のオトギリソウH. erectumが多く自生しています。また,高山地帯にはイワオトギH. senanense subsp. mutiloides,シナノオトギリH. senanense subsp. senanenseなどが見られます。近年,植物園などに設けられたいわゆる「ハーブガーデン」などではセイヨウオトギリがよく栽培されています。これらのHypericum属植物はいずれも葉が対生し,黄色の花びらが5枚,雄しべが多数あることに加えて,葉や花びらに「明点」または「黒点」と呼ばれる小さな腺点が観察されるという特徴があります。この仲間で薬用植物として代表的なものに,日本ではオトギリソウ(弟切草:生薬の玉手箱No.334参照),ヨーロッパ諸国ではセイヨウオトギリ(St. John’s wort)があります。
セイヨウオトギリはヨーロッパに分布する植物で,リンネの『Species Plantarum(1753年)』にも収載されている古くからの有用資源植物です。古来,悪魔を祓う力があると考えられ,聖ヨハネの日(6月24日)にこの植物を家の戸口や室内に吊るして魔除けにする習慣があったことが,英名でSt. John’s wort(聖ヨハネの草)と呼ばれる所以です。
高さ30〜60 cm ほどの多年草で,葉は長さ1.5〜3.0 cmの楕円形で,葉の縁に黒点が,内部に明点があります。茎には2本の稜があり,よく枝分かれし,茎頂の集散花序に径1.5〜3.0 cmの黄色の5弁花をつけます。花は多数の黄色い雄しべが目立ち,花びらの縁にも黒点があります。成長とともに植物全体が赤っぽく変色していくことに神聖な印象を抱いたことが考えられます。この変色には全草に含まれるヒペリシンという蛍光化合物が関係していると考えられています。生薬に加工する場合は花期に枝先部を収穫して乾燥します。乾燥物は集散花序の花部,そして茎の2本の稜線が他の同属植物との鑑別点になります。
生薬としての用途は,民間的にハーブティーとして痛風,関節炎,夜尿症,生理痛などに服用するほか,湿布薬として切り傷に外用,花の成分を浸出させた油(ヒペリクム油)を神経痛や火傷に外用します。医薬品としての使用も古く,歴史的にメンタルヘルスの治療,特にうつ病に使用されてきました。近年,ドイツなどでは医薬品として承認され,厳格に品質管理されています。一方,1996年にこの植物の抗うつ作用の研究論文(British Medicinal Journal, 313, 253, 1996)が発表されると,アメリカ合衆国で大ヒットし,サプリメントとして使用されるようになりました。既存の抗うつ薬と比較して副作用が少ないとして常備する人もいたようです。このサプリメントは日本でも「セントジョーンズワート」の名前で販売されるようになり,日本では「医薬品的効能効果を標ぼうしない限り医薬品と判断しない成分本質(原材料)リスト」に掲載されていますので,食品として誰でも購入可能な状況になっています。
セントジョーンズワートが普及するに従い,この生薬は薬物代謝酵素を誘導するため,ある種の薬物と併用すると血液中の薬物濃度が減少してしまい,期待される効果が減弱することが明らかになりました。ある種の薬物とは,免疫抑制剤,気管支拡張薬,抗てんかん薬,強心剤,抗不整脈剤,経口避妊薬などであり,併用を避けなければなりません。また,前述のヒペリシンは光過敏症の原因化合物であることが知られています。セイヨウオトギリを食べた動物が摂取後に光に当たると,発赤などの皮膚病変をおこすことが報告されています。通常の服用量では光過敏症の可能性は低いとされているようですが,サプリメントは食品ですから,ヒペリシン含量がコントロールされている訳ではありません。化学物質は人によって感受性が異なりますので,セイヨウオトギリが入ったサプリメントや健康食品の使用には注意する必要があります。