基源:ロウバイ科 (Calycanthaceae) のロウバイ Chimonanthus praecox (L.) Link の花蕾を乾燥したもの。

 花(花弁)に由来する生薬はハーブ療法ではバラやミカンの仲間など使用する機会が多いですが、日本ではほとんど利用されません。一方、中国の漢薬市場に行くと、花類生薬の専門コーナーがあるほど種類が多いことに驚かされます。そこには赤や黄色など色鮮やかな生薬が並び、他のコーナーに比して明るさが際立っています。今回は花に由来する生薬「蠟梅花」の話題です。

 日本では冬は一年中で最も花が少ない季節です。それでも、花屋で売られるシクラメンやクリスマスローズなどのいわゆる園芸植物は別として、屋外ではサザンカやスイセンやウメなどが寒空の中に咲き、それらの花に雪が降り積もった風景はひときわ写真映えするものです。今回の主題のロウバイも真冬から早春にかけて淡黄色の花を咲かせます。それほど一般に普及している植物ではありませんが、時折、新聞で植物園などでの開花情報が紹介されることもあります。満開時でも比較的地味な植物ですが、甘い芳香があるのが特徴的で、姿よりも香りを愛でる花とも言えます。また、盆栽仕立てされて旧暦の正月に咲く黄金色の花は、フクジュソウなどとともに金運アップの象徴として愛でられてきたことも考えられます。「蠟梅」の名称については、中国明代の『本草綱目』には「この物は、本来は梅の類ではない。梅と時を同じくし、香りもまた相近く、色が蜜蠟に似ているところから名が付いた」とあります。このロウバイの花のつぼみを乾燥させたものが蠟梅花です。

 ロウバイは中国原産で17世紀初めに朝鮮半島経由で日本に渡来したとされます。高さ2〜4メートル程の落葉低木で、葉がまだ展開しない時期の12月から2月頃に強い芳香のある淡黄色の花を咲かせます。直径2センチほどの、正にロウ細工のような光沢があり、どこか人工的な質感を思わせます。多数の花被片は花びらとガクに分化せず螺旋状に付き、内側のものは短く広楕円形で紅紫色になります。この中に5〜6本の雄しべと数本の雌しべがあります。葉は花が終わると芽吹き始め、卵形〜長楕円形で鋭尖頭で長さ10〜20 cmになり、全縁で対生します。花後に花托が成長して長楕円形で大型の偽果を付けますが、この頃になると花の時期の面影とはすっかり変わり、目立たない植物になっています。

 ロウバイの開花直前に収穫したつぼみを乾燥したものが蠟梅花です。生薬は球形や偏球形で黄褐色です。乾燥してもなお匂いが強く、柔らかく油っぽく脆い性質です。味はやや甘く後味は苦いようです。もっぱら民間療法で暑気あたりや咳嗽に使用されてきた薬物で、漢方処方に配合されることはありません。また外用すると皮膚を再生する作用があるとされ、油に浸したものを火傷に塗布したり、皮膚真菌症や角化症に使用されたりします。蠟梅花には成分的には油分が多く、精油のシネオール、ボルネオール、リナロールなど、脂肪油のパルミチン酸、ステアリン酸、リノール酸などが含まれています。

 ロウバイには花被片の形や色が多様な園芸種が知られています。変種のトウロウバイC. praecox Link var. grandiflorus Makino は花被片が広楕円形で、花は径3.0〜3.5cmと大型で見ごたえがあるものです。ソシンロウバイ(素心蠟梅)C. praecox Link f. concolor Makinoは内側の花びらも黄色の品種で、花もやや大型で、薬用種として優れているとされます。一方、クロバナロウバイ(アメリカロウバイ)Calycanthus floridus L. var. glaucus Torr. et A.Gray というロウバイ科の別属植物がありますが、ロウバイと近縁にも関わらずこちらは5月に開花し、しかも花は径3〜4cmで暗紫黒色で、花の形からも全くの別植物のように見えます。

 日本では花といえば美しさや香りを愛でる機会が多く、ヨーロッパや中国などに比べると食用や薬用利用は少ないようです。こうした花類生薬の薬効に共通性は見られませんが、ハーブ療法をも含め、今後見直す機会があっても良さそうです。ただ、一般に重量が軽いので、大量に集めるにはそれなりの労力が必要です。また、湿気により品質の劣化が起こりやすく、湿度が高い日本にはそぐわない生薬なのかもしれません。

(神農子 記)