基源:ナデシコ科(Caryophyllaceae)のセキチクDianthus chinensis L.,エゾカワラナデシコD. superbus L. var. superbus,カワラナデシコD. superbus L. var. longicalycinus (Maxim.) F.N.Williamsの全草を乾燥したもの。

 東京2020オリンピックは初めて奇数年に開催されたオリンピックとなり,日本人のみならず世界中の人々にとっても特別な大会となりました。また,今大会で日本が獲得した金メダルは歴代最多となり,画面を通じて応援していた方も多かったことと思います。さて,日本代表チームの愛称には様々ありますが,中でも最も有名なものはサッカー日本女子代表チームの愛称で2011年の新語・流行語大賞にも選ばれた「なでしこジャパン」ではないでしょうか。今回はナデシコの話題です。

 「ナデシコ」は日本に自生するナデシコ科のカワラナデシコを指し,同じ仲間の中国原産のセキチクを別名カラナデシコと呼ぶのに対してヤマトナデシコと呼んでいます。漢字で「撫子」と書き,可愛く小さい花を愛児に例えて名づけられたとされています。また,夏から秋にかけて咲く淡紅色の優美な花が愛でられ,『万葉集』や『古今和歌集』などに詠み込まれています。ナデシコ科の植物はカーネーションやカスミソウなどの観賞用植物として馴染みがありますが,古くから薬用植物としても利用されてきました。

 ナデシコを原植物とする瞿麦は『神農本草経』の中品に収載されています。陶弘景は「子が頗る麥に似たものだから瞿麦草と名づけたのだ」と書いていますが,ムギに似ているのは種子ではなく細長い蒴果のことと思われ,陸佃の『韓詩外伝』の注釈に「両旁に生ずるのを瞿という。この麥は穂が旁生するから名づけたのだ」とあります。原植物に関しては,『図経本草』の絳州瞿麦の図は明らかにセキチクを描いたもので,蘇頌が「苗は高さ一尺ほど,葉は尖小で色が青い。根は色が紫黒で,形は細い蔓菁のようだ。花は紅,紫,赤色で,また映山紅にも似ている。二月から五月まで花を開いており,七月に実を結ぶ」と記した内容とも一致します。

 日本のカワラナデシコは多年性草本で,セキチクに似ていますが全体にか細く,高さ40-80cm,茎や葉は粉白色を帯び,葉は対生し,花期はセキチクよりも遅く夏から秋にかけて咲きます。萼筒は長さ3〜4cm,花弁の上部は平開して細かく房のように切れ込む姿が特徴的です。基準変種のエゾカワラナデシコは萼筒の長さが2〜3cmと短めで,苞は普通2対とされていますが,両種の区別は必ずしも明確ではありません。

 薬用部位については,『名医別録』には「立秋に実を採って陰干する」とありますが,陶弘景は「市中では茎と葉を用いている」と記し,地上部も古くから利用されていたようです。全草は清熱作用がある利水滲湿薬として,熱淋による排尿困難,排尿痛,尿道の灼熱感などに応用され,また駆瘀血,通経作用があり,瘀血による月経障害にも用いられます。種子(瞿麦子)もほぼ同効で,現在では民間的に利用されることが多いようですが,強い通経作用があるため妊婦の服用は禁忌とされます。

 カワラナデシコは本州以西,沖縄県まで分布し,その清楚で可憐な姿からやがて日本女性に喩えられるようになり,大和撫子の言葉が生れました。筆者はつい最近某地の海岸絶壁にカワラナデシコが咲いているのを見つけましたが,とても近寄れる場所ではありませんでした。『万葉集』に収められた山上憶良の秋の七草を詠んだ詩は有名ですが,大伴家持が女性をナデシコの花に例えた詩とは別に,宴席で友人との別れに詠んだ一首とされる「一本のなでしこ植えし− − −」は,身近で鑑賞するために庭に植える習慣があったことを示唆しています。派手で園芸植物として改良が進むセキチクとは異なり,カワラナデシコには日本的情緒があることは間違いありません。ちなみに,同じナデシコ科のカーネーションはアメリカの女性が亡き母を偲び,教会でカーネーションを配ったことがきっかけとなり母の日の習慣として全世界に広まったとされています。ナデシコ科の植物に女性を連想するのは世界に共通したことなのでしょうか。

 この記事を認めている今,もうすぐパラリンピックが始まろうとしています。引き続き大和撫子の活躍が期待されます。

(神農子 記)