基源:バラ科 (Rosaceae) のニワウメ Prunus japonica Thunb., コニワザクラ Prunus humilis Bunge 又はチョウセンニワウメ Prunus japonica Thunb. var. nakaii Rehder の種子。

 日本では毎年,春になるとウメ,アンズ,モモ,ヤマザクラなど美しい花が咲き誇り,年度の境目を感じさせてくれます。これらの植物はいずれもバラ科サクラ亜科(Amygdaloideae)に分類される木本植物です。生薬の基源で考えるとウメの果実は烏梅,アンズの種子は杏仁,モモの種子は桃仁,サクラの樹皮は桜皮,など様々な薬用資源の供給源を含む分類群です。しかしサクラ亜科の下位分類である「属」については複数の見解があります。従来,日本では欧米に倣い,上述の4種類はいずれも Prunus属とし,学名はそれぞれ P. mume, P. armeniaca var. ansu,P. persica,P. jamasakura を採用していました。日本薬局方は現在でもこの見解を採用しています。一方,大場秀章氏(植物研究雑誌,67, 276-281, 1992)の提案により,いわゆるサクラ類はPrunus属から独立してサクラ属(Cerasus)に移行されました。また,それ以外のスモモ属は果実と核(外果皮)の性質の違いにより更に細かく分類される見解もありました。ウメとアンズはアンズ属(Armeniaca),モモはモモ属(Amygdalus),スモモは狭義のスモモ属(Prunus)です。その後,サクラ属を除くこれらの属はスモモ属のシノニムとして考えられ,日本では現在,広義のスモモ属(Prunus)を採用することが一般的です。

 今回,取り上げる生薬は郁李仁です。原植物のニワウメやコニワザクラなどはスモモ属(Prunus)ですが,サクラ属(Cerasus)とされる場合もあります。スモモ属の果実には柄があること,縦方向に不明瞭だが溝がある,に対してサクラ属は果実に長い柄を持ち果実が小さい,縦方向の溝がないなどの判断が,ニワウメなどでは明確な判断が難しいためです。

 ニワウメ(中国名:郁李)は学名に「japonica(日本の)」が付けられていますが中国原産の植物です。日本には江戸時代に,ユスラウメなどと一緒に日本に渡来し,鑑賞目的で広く栽培されています。ニワウメは日本では4月頃,薄紅色から白色の5弁の花を多数開花し,7月頃に直径1センチ程の果実を付けます。赤色に熟した実は食べることができます。成熟した果実から核(内果皮)を取り出し,中の種子が生薬の郁李仁です。コニワザクラ(中国名:欧李)は日本にほとんど導入されていませんが同様に郁李仁の原植物です。また中華人民共和国薬典にはP. pedunculata (中国名:長柄偏桃)も収載されています。

 生薬の郁李仁の形態は,一端は尖りもう一端は鈍円で中心に円いヘソがあり,基部から上に向かい縦紋があります。種皮が薄く簡単に剥がれ落ちるという特徴があります。外部形態は杏仁や桃仁と非常に良く似ており,杏仁や桃仁は長さ 1.2-2.0 cm,幅 0.6-1.3 cm であるのに対し,郁李仁は長さ 0.5-0.8 cm,幅 0.3-0.5 cmです。P. pedunculata (長柄偏桃)に由来する種子は長さ 0.6-1.0 cm,幅 0.5-0.7 cmと少し大きいことから「大李仁」と称されることもあるようです。この場合,通常の郁李仁は「小李仁」となります。

 郁李仁は『神農本草経』の下品に収載された生薬で,大腸および小腸の燥秘(乾燥が原因である便秘)を潤滑します。日本では稀用生薬ですが,便秘や排尿減少,浮腫などに応用されます。郁李仁の含有成分は杏仁や桃仁と同じくアミグダリンや脂肪油でありながら,それらとは全く異なる用法であることは大変興味深いことです。潤腸作用は麻子仁に類似しており,麻子仁よりも強い潤下作用があるとされます。これは郁李仁に多く含有される脂肪油によるものです。

 元代の『世医得効方(1345)』に「五仁丸」という処方が収載され,構成生薬は郁李仁,桃仁,杏仁,柏子仁,松子仁で,強い潤腸作用が期待されています。ところで漢方生薬「杏仁」と「桃仁」の外形は非常に類似しており鑑定試験で薬学生を苦しめる生薬ですが,ここに郁李仁が選択肢に入るとさらに混乱の原因になることが容易に想定されます。現時点では日本における郁李仁の使用は少ないですが,高齢者には潤腸作用が求められることが多く,今後使用が増えることも考えられ,今から鑑別法を知っておくことも必要でしょう。

(神農子 記)