基源:カヤツリグサ科(Cyperaceae)のハマスゲCyperus rotundus L.の根茎を乾燥したもの。

 カヤツリグサ科は約70属4500種があり世界中に分布しています。カヤツリグサは「蚊帳吊草」の意味で、細長い3稜形の茎を両端から異なった面について2つに裂くと茎の中ほどで四角になり、蚊帳を吊ったような形になります。カヤツリグサ科植物は目立ったきれいな花が咲かず、形態も類似したものが多くあるのであまり印象に残りませんが、そうした中でハマスゲは畑の憎き雑草としてご存知の方も多いのではないでしょうか。アフリカ、南アジア、南および中央ヨーロッパなどの、熱帯、亜熱帯、温帯地域に広く分布し、雑草としての認識は世界共通で、世界の最重要害草10種に挙げられています。一方、ハマスゲの根茎は古来、インドをはじめ中国、イラン、日本で薬として利用してきました。アーユルヴェーダでは古くからMustaと称して利尿、通経、駆虫、発汗、収斂、興奮、胃腸薬として利用されてきました。

 ハマスゲは日本では砂浜や川原の砂地に生えることが多いですが、畑や公園、時にはアスファルトの隙間など、様々な場所で見ることができます。中国では植物名を莎草と呼び、やはり砂地に生える草の意味で、生薬としては地上部を莎草、根茎を香附と称します。薬物としては名医別録の中品に「沙草」の名で収載され、『唐本草』で初めて沙草根を香附子と名付けました。香附子には別名が多くあり、『江表伝』には「魏の文帝は使を呉に遣して雀頭香を求めた」とありますが、雀頭香も香附子を指しています。他にも『図経本草』には草附子、水香稜、水巴戟、水莎、莎結、続根草などが記されています。李時珍は「別録にはただ莎草とあるだけで、苗を用いるとも書いていないが、後世では皆香附子という名でその根を用いており、莎草という名のあることを知っていない。その根は互いに連続して附いて生じる。香に合わせるものだから香附子という。上古にはこれを雀頭香といった。その葉は三稜や巴戟に似て下湿の地に生じるものだから水三稜、水巴戟などの名がある」といっています。古来、気を調え、鬱を解する作用があるとして、霍乱、吐瀉を治し、飲食の積聚を消し、吐血を止め、月経を調える薬として用いられてきました。

 香附子はその名称からもわかるように良い香りのする生薬です。精油は約1%が含有されており、モノテルペンやセスキテルペンを中心にピネン、シペロール、シペロン、シペレン、コブソンなど知られています。その他の成分として、フラボノイドやタンニン、アルカロイドを含有しています。漢方生薬としては、女神散、香蘇散、五積散などの婦人薬や健胃薬に配合されます。

 近年、国産生薬の自給率上昇を目的とした取り組みの中でシャクヤクやトウキ、マオウなど栽培研究が盛んに行われるようになってきました。ハマスゲについても古くから研究が行われてきましたが、これらと大きく異なる点はその研究目的です。ハマスゲは前述したように除去困難な雑草として見られてきたため、防除を目的とした研究が中心でした。繁殖は主に根茎で行われるため、いくら地上部を物理的、化学的方法で切除あるいは枯殺しても根茎から再生してしまうことから、他の植物に比べ防除が極めて困難です。ある研究報告によると、24日間隔で4回シュートの切除を行った場合でも、根茎の形成を阻止することができないようです(雑草研究, 27(2), 28-33, 1982)。しかし、近年ハマスゲを薬用資源とした研究報告が行われました(薬用植物研究, 41(2), 1-9, 2019)。その内容は塊茎(根茎)の生産を念頭に、根茎形成に対する土壌の種類と施肥の影響を明らかにするものです。これまでは如何にして根茎の形成を抑えるかという研究が行われてきたハマスゲでしたが、ついに肥料を貰い、最適な土壌を検討してもらえる時代がやって来ました。害草と嫌われながらも、陰ながら人類の健康を支えてきたハマスゲの薬用資源としての価値が改めて見直されたのだと思います。今後も栽培や品質向上に関する研究がさらに進むことによって、魏の文帝のように使者を派遣して香附子を求める時代が再びやってくるのでしょうか。

(神農子 記)