基源:キキョウ科 (Campanulaceae)のキキョウPlatycodon grandiflorum A. DC.の根

 山上憶良が詠んだ秋の七草は「萩(ハギ)の花,尾花(おばな),葛花(くずばな),瞿麦(なでしこ)の花,女郎花(おみなえし),また藤袴(ふじばかま),朝貌(あさがお)の花」と,日本固有の植物が取り挙げられています。ここで「朝貌」を指す植物について,ヒルガオ科のアサガオIpomoea nil は当時日本にまだ導入されていなかったとする考えから,キキョウが充てられています。秋に開花している植物が選定されていますが,キキョウは6月中旬から9月頃まで咲き続け,7種類の中でも長期間にわたり花を楽しむことができる植物です。しかも日本全土のみならず朝鮮半島,中国大陸にまで広く分布しています。ところが資源量は少なく,野外で見かける機会はほとんどなく,絶滅危惧種に指定されています。それでも多くの方がキキョウの花をご存知なのは,園芸用の花卉目的の栽培品が多く存在するからです。

 キキョウは多年生草本で茎は直立して40 cm から 1 m になります。葉は広卵形から狭卵形でほとんど無柄,互生します。花は鐘形で先が5裂し通常は青紫色,白色もあります。開花後,8月下旬頃に茎頂に果実が成熟し,中には細かな種子が多数入っています。生薬生産目的のキキョウは,通常は播種により栽培され,1年生または2年生根を秋に地上部が枯れる頃に収穫します。収穫した根は洗浄後,側根や外皮が取り除かれた,主に主根を乾燥したものが生薬になります。生薬の形状は細長い円錐形で,しばしば分枝があり,外面は淡褐色又は白色です。全体に縦じわがあり,質が充実して味が苦く,えぐみが強いものを良品とします。現在は中国からの輸入品が使用されています。

 桔梗は,古代中国の2世紀頃には成立していたとされる『神農本草経』の下品に収載されています。その薬効は「刀で刺すような胸脇痛,腹満,腸が幽々と鳴るもの,驚恐の悸気」などを治すとされています。古代中国の宋・金の時代の名医である張元素(1151年-1234年)は「桔梗は肺気を清くし,咽喉を利し,その色は白い。故に肺部の引経の薬である」と述べています。現在の漢方では,胸を刀で刺すような痛みに対する鎮痛作用を期待され,五積散などに配合されることもあるようですが,呼吸器系の薬として使用されることが多いようです。鎮咳・去痰作用としては,例えば風熱の咳嗽には薄荷,菊花,桑葉などと(銀翹散),慢性気管支炎などで多量の痰には貝母,桑白皮などと(清肺湯),上気道炎や咽喉痛には甘草と二味で(桔梗湯)など,それぞれ処方があります。排膿作用としては,膿性鼻汁が見られる鼻炎には葛根湯に加味する(葛根湯加桔梗石膏),扁桃炎や中耳炎などの炎症が慢性化した際などは柴胡剤に加味する(小柴胡湯加桔梗石膏),挫創や湿疹には防風や荊芥などと(清上防風湯,十味敗毒湯)など,それぞれ処方があります。また張元素は続けて「甘草と共に用うればその功力を行らすこと,あたかも舟楫の如き働きをなす薬剤となる。(中略)たとえば鐵や石を大河中で運搬するには舟楫を用うる以外に方法はないと同様だ。それ等の関係から諸種の薬の中にこの桔梗の一味が加われば下部に沈む性のものも沈下し得ないのである」と述べています。ここから桔梗は「舟楫の剤(しゅうしゅうのざい」と呼ばれる様になっています。

 今年のNHK大河ドラマは「麒麟がくる」です。主人公は明智光秀の家紋は桔梗紋です。桔梗は,木偏を取ると「さらに吉」と読むことができるので縁起が良いとされているようです(実際の語源は李時珍の『本草綱目』に「この草は根が結実して梗直だから名付けたのだ」とされています)。いずれ再開する大河ドラマで桔梗紋を見つけたら,又はキキョウの花を見る機会があれば,桔梗の「舟楫の剤」としての効果を思い出し,コロナ禍で沈みがちな気分が上昇する一役になることを期待します。

(神農子 記)