基源:セリ科(Umbelliferae)のトウキAngelica acutiloba Kitagawa 又はホッカイトウキAngelica acutiloba Kitagawa var. sugiyamae Hikino の根を,通例,湯通ししたもの。

 平成23年,日本漢方生薬製剤協会生薬委員会により「原料生薬使用量等調査報告書,平成20年度の使用量」がまとめられました。これは同協会に加盟する74社に対して,日本で医療用として使用される生薬の使用量および生産国を調査したものです。この報告では,日本で医療に使用される生薬の約9割が海外品であることが示されました。日本では多くの輸入品生薬を使用していましたが,この事実が改めて数値化され危機感をもって受け止められました。この頃から生薬の国内自給率を上げる目的で,各地で様々な取り組みが開始されました。政府からの研究助成や地域興しなどの対象としても薬用植物の栽培化が取り上げられました。その対象植物として各地で選択されたのがトウキです。日本での使用量が多いうえ,比較的,日本の広範囲で栽培可能という理由からです。トウキは種子繁殖であることから株分けよりも拡大が容易という理由もあるでしょう。

 当帰は当帰芍薬散や四物湯などに配合される生薬です。中国産当帰の原植物はAngelica sinensisであり,これは日本産当帰の原植物であるトウキAngelica acutilobaと形態が明らかに異なる別種です。小野蘭山の『本草綱目啓蒙(1803年)』には,「舶来のもの最上品なり」と合わせて「和産は大和及び山城より出ずる」と記載されていることから,江戸時代には既にトウキAngelica acutilobaが栽培化されていたことがわかります。さらに内藤蕉園の『古方薬品考(1841年)』には「冬に根を堀り半乾かす。熱湯に浸し曝し乾かす」と記載があり,日本独自の加工法も確立していたようです。実際に現在でも奈良県や和歌山県の一部では現在でも大和当帰の生産が続けられています。

 当帰は生産方法が難しい生薬の1つとして知られています。独自の方法が伝統化され引き継がれてきました。まず春に種子を撒いて1年をかけて苗を作ります。この苗を掘り起こし,生産株として新たな場所に定植します。この時,生産株が開花をするとその株の根は固くなってしまうため,開花をさせずに栽培する必要があります。すなわち開花をさせないための苗の選別や施肥条件などの工夫がなされています。収穫後は数カ月間の乾燥期間を経た後,「湯もみ」という温湯処理を伴うもみ洗い工程があります。その後,再び数ヶ月をかけて乾燥した後,仕上げ(製品化)となります。これらの加工条件(温度や時間)は生産地に適切な条件に設定されています。また別に種子生産用の株を並行して栽培して種子を採取します。

 一般的に野菜は開花しにくい系統に選抜されており,収穫後にすぐに出荷できることが多いのですが薬用植物は異なります。薬用植物は収穫後にその品目独自の加工方法が設定されています。ですから労力的にも時間を要するのですが,必ずしも相応の価格で取引されるとは限りません。伝統的な方法では苗生産に1年,生産株の栽培に半年,合計で約1年半を要します。そこで最近の研究では,セルトレイで苗生産をするなど栽培期間を短縮するための検討がされています。

 平成20年度の時点ではトウキの日本での年間使用量 580トンの約35%である 204トンが日本産でした。当帰の日本産以外とは中国産なのですが,現在の日本で使用される中国産当帰はAngelica sinensis ではなく Angelica acutiloba です。日本の特産種が中国に導入され,中国で栽培,加工され,製品が日本に戻されているのです。日本と同様の加工を経ていることを示すために「大和種」と記載されることがあります。これは江戸時代に私達の祖先が開発した日本のトウキの遺伝資源と伝統的な生産,加工技術が中国に流出していることを意味しています。平成21年度は日本産が約28%,平成28年度は日本産が約27%と,比率は依然と減少傾向にあります。日本から当帰の生産技術が失われないように,私達も現状を理解し考えていかなければなりません。

(神農子 記)