基源:マメ科(Leguminosae)の Glycyrrhiza ulalensis Fischer 又は Glycyrrhiza glabra L. の根及びストロンで,ときには周皮を除いたもの(皮去りカンゾウ)である。

 平成は植物分類学にも大きな変化があった時代でした。従来の新エングラー分類体系に加えて,APG(Angiosperm Phylogeny Group)分類体系が登場したのもその一つです。これは科学技術の発展に伴い,植物の DNA 配列が容易に解析できるようになった結果です。APGではマメ科(Leguminosae)はジャケツイバラ科(Caesalpiniaceae),ネムノキ科(Mimosaceae),マメ科(Fabaceae)に3分割されました。ヨーロッパの各植物園の名札はすでにAPG表記に変わっています。令和の植物分類学はAPGが主流になっていくことでしょう。日本薬局方は現在の第17改正でも新エングラー分類体系に基づいていますから,当面は他の植物情報データとの比較には注意が必要でしょう。

 今回は甘草にまつわる,最近明らかにされた2つ話題を紹介します。甘草は日本薬局方では,第16改正(2011)まで「グリチルリチン酸 2.5% 以上を含む」と規定されてきましたが,第17改正(2016)から「グリチルリチン酸 2.0% 以上を含む」に改正されました。これは従来の液体クロマトグラフィーによる定量法では,クロマトグラムのグリチルリチン酸のピークに含まれる不純物の存在が明らかにされたことによるものです。その不純物とはグリチルリチン酸に結合している2つのグルクロン酸のうちの1つがガラクツロン酸に置き換わった類縁体です。これらの化合物は1つの水酸基の立体(エクアトリアル,アキシアル)のみの違いですから液体クロマトグラフィーで分離することが困難だったのです。その後,移動相に緩衝液を使用する方法により,類縁体の占める比率は9%程度であることが明らかにされました。このような検討の結果,第13改正(1996)で本規定が設定されて以来の改正となりました。カンゾウ末,カンゾウエキス,カンゾウ粗エキスなども同様に改正されました。

 もう一つのトピックスは甘草が引き起こす「偽アルドステロン症」の原因物質についてです。漢方処方の約7割に配合される甘草は,高い頻度で副作用を引き起こすことが知られています。これまで甘草による偽アルドステロン症の原因物質はグリチルリチン酸の代謝物であるグリチルレチン酸及び 3-モノグルクロニルグリチルレチン酸であると考えられてきました。ところが名古屋市立大学の研究グループは実験動物ラットを使用した研究により,血中および尿中のグリチルリチン酸代謝物を解明した結果,真の原因物質 18β-グリチルレチニル-3-O-硫酸を突き止めることに成功しました。2019年2月のことです。

 平成28(2016)年の日本における医薬品原料としての甘草の使用量は約1,600トンでした。99%が中国産であり日本産はゼロです。しかし今後も中国から安定供給される保証はありません。甘草は野生品の資源に依存していますが,資源の減少に加え,砂漠化防止のために採取が厳しく制限されました。中国でも甘草の栽培化が進められていますが,日本の規格に適合するものが少ないようです。このような事情から日本でも甘草を生産する体制の必要性が向上しています。これまで日本で何も対策がなされていない訳ではなく,少しずつ成果を挙げているようです。日本で甘草の栽培生産が困難な理由の1つは日本薬局方の基準を満たすグリチルリチン酸含量が含まれていないことです。これを解決するために,日本の環境下でもグリチルリチン酸を安定的に生産できる優良品種の育成が試みられ,また種子発芽率の向上や定植方法など,実栽培に向けての様々な取り組みが行われています。

 甘草は漢方処方を構成するために欠くことができない生薬です。しかし同じく中国産に依存している麻黄と決定的に違うことは,甘草は食品としても利用できるということです。生産者の立場から考えると,医薬品の規格に適合しないものは食品にという選択肢があります。令和に入り甘草の国産化が進むことが期待されます。

(神農子 記)