基源:ボタン科(Paeoniaceae)のシャクヤク Paeonia lactiflora Pallas の根。

 毎年,春になると日本各地でシャクヤクが開花し話題になります。シャクヤク Paeonia lactiflora Pallasは中国東北部,東シベリアから朝鮮半島原産の植物で,日本には自生していません。『延喜式(905-927年)』の典薬寮に「芍薬」の記載がありますが,この頃に既に渡来していたのか,或いは日本に自生しているヤマシャクヤク Paeonia japonica Miyabe et Takeda を記したものなのか確認することはできません。いずれにしてもかなり早い時期に日本に渡来していたようです。江戸時代の本草書『大和本草(1709年)』には,芍薬が日本各所で栽培されていることが記載されています。この書籍で「芍薬」は,人参や桔梗などが収載されている「薬類」の巻ではなく,牡丹などとともに「花草類」の巻に収載されています。このことから当時のシャクヤクに対する価値観は薬用よりも観賞の方が大きかったようです。日本のシャクヤクは,江戸時代に育成されたシャクヤク(和芍)に加え,欧米で品種改良された系統(洋芍)が導入されるなど,今では多くの系統や品種があります。シャクヤクは日本のほぼ全国で栽培可能な植物であり,5月から6月にかけて私達を楽しませてくれます。薬用としてのシャクヤクは,観賞用と同様に渡来してきたと考えられます。中国の薬用系統のシャクヤクの花の中にはピンク色などもあるのに対し,日本の薬用系統は白色が主流です。また,花弁の数は一重から八重まで様々なものがあります。

 同じシャクヤクの根に由来する芍薬ですが,中国では「白芍」と「赤芍」に分けられています。中国では栽培種に由来するものは「白芍」と称されており,収穫後に外皮を除去し,湯通しして乾燥したものです。野生種(Paeonia lactifloraP. veitchii)に由来するものは,収穫後に外皮を除去せずに乾燥し,これを「赤芍」と称しています。日本市場では以前は中国産の「白芍」を輸入して「芍薬」として使用していました。「白芍」は「真芍」とも称され,奈良県でも生産されたことがありました。現在,日本で使用している芍薬は,収穫後に外皮を除去し湯通しせずに乾燥したものです。この方法は日本独自の加工法ですから,中国では通常,実施されていません。現在日本で流通する中国産芍薬は,日本への輸出目的で特別に加工されているものです。

 芍薬の栽培生産は非常に時間と労力がかかります。シャクヤクの苗を植え付けてから収穫までに4年程度の生育期間を要します。この間,除草や肥料などの頻繁な管理が必要です。4年後以降に収穫された根は外皮を除去し,乾燥に半年程の期間を要します。日本では北海道,東北地方,長野,富山,奈良,和歌山などで栽培されていますが,奈良,和歌山の大和地方が芍薬生産に最も気候が適しており,この地域で生産される芍薬を特に「大和芍薬」と称し品質が良いものとしています。気候が加工調製に適していない地域から乾燥前の根が,大和地方に出荷されてくる場合もあります。

 日本では観賞目的のシャクヤクの根も薬用として大量に流通した時代がありました。観賞用のシャクヤクの根から生産される芍薬も日本薬局方の規定であるペオニフロリン2.0% を満たすことが多いのです。その一方で,系統によりペオニフロリン含量に大きなバラツキがありました。1970年代にはこのような観賞用シャクヤクの根が高頻度に混入しており,芍薬の全体的な品質が低下していたようです。しかも観賞用と薬用のシャクヤクが混植されたり交雑したりしてしまうこともあり,そうした栽培地では元通りの薬用系統を選抜し直すという努力がなされたそうです。

 近年,国産生薬の自給率を上昇させることを目的に日本各地で生薬栽培生産の取り組みが開始されています。シャクヤクは根を生薬目的で使用し,花は切り花として利用することもできます。このため収益を得難いとされる生薬生産の中で選択されることが多い植物ですが,実際は管理の手間や栽培年数が障壁になり断念する人もいるようです。上述のとおり芍薬の製法は日本独自に開発された方法です。芍薬の平成28年度の国内自給率は約2.3%です(生薬学雑誌, 73(1), 16-35, 2019)。芍薬の生産技術を絶やさないためにも日本での芍薬生産を継続する必要があります。

(神農子 記)