基源:冬葵子はアオイ科(Malvaceae)のフユアオイMalva verticilata L. の種子、莔実はイチビ Abutilon theophrasti Medik の種子。

 アオイ科植物は世界に約90属1500種あり、広く温帯から熱帯にかけて分布しています。身近な植物としては繊維植物のワタや、和紙のつなぎに利用されるトロロアオイなどがあります。

 アオイの漢字は「葵」で、『神農本草経』の上品に冬葵子が「主に五臓六腑寒熱羸痩五癃をつかさどり、小便を利す。久服すると骨を堅くし肌肉を長じ身を軽くし年を延ばす」と収載されています。『名医別録』には「冬葵子は少室山(河南省登封県の北、嵩山の一峯)に生じ、12月に之を採集する」とあり、陶弘景は「秋季に葵を種えて大切に育てて冬を越させ春になってできた子を冬葵といい、多く薬用に入れる。性は至って滑利で能く石を下す。春葵子も滑するが薬用には堪えない」と記しています。宋代になって、蘇頌は「葵は処々にある。苗、葉は采にして食えばなかなかに甘美である。冬葵子は、古方の薬には入ったものが多い。葵には、蜀葵、錦葵、黄葵、終葵、菟葵などがあって、いずれも功用がある」といっており、原植物が多種にわたっていたことが伺えます。さらに時代が下り、『本草綱目』や『植物名実図考』の冬葵の付図を見ると、冬葵子はフユアオイの種子であったと考えられます。

 一方、同じアオイ科にイチビ Abutilon theophrasti Medik という植物があり、中国では茼麻または莔麻(けいま)などと呼ばれ、古い時代に繊維植物として日本へも渡来しました。ジュートの代用として使用されたことから「中国ジュー卜」「天津ジュート」「中国アサ」などとも呼ばれ、茎の内皮からとれる繊維が日本を含む世界の大部分の地域で、ひもやロープ、漁網をつくるのに使用されてきました。実は、現在流通している冬葵子はこのイチビに由来します。薬用としての「莔実」は唐代の『新修本草』に「主赤白冷熱痢散服飲之吞一枚破癰腫」と下痢や腫物に対する薬物として収載され、『開宝本草』には『新修本草別本』を引用して「今人々は皮を取って布や縄を作る」との記載があり、以来本草書の付図も莔実は明らかにイチビを示しています。

 フユアオイとイチビはともに一年生草本で、両者の相違については、フユアオイは茎の高さ30〜90 cm、葉は互生し円い腎臓形かほぼ円形で掌状に5〜7浅裂し、基部は心臓形、縁には鈍鋸歯があり、長い柄があります。一方のイチビは茎の高さ1〜2 m、葉は円心臓形で直径7〜18 cm、葉の先端は鋭先形、基部は心臓形、縁は円鋸歯状で両面には軟毛が密生します。両者は一見似ていますが、よく見るとかなり異なる形態をしています。

 生薬としての形状は、フユアオイに由来する薬材は円形で扁平な橘弁状、あるいは腎臓形で、直径約1.5〜2 mm、茶褐色で質は硬く、ややにおいがあります。イチビに由来する薬材は三角形あるいは卵状で扁平な腎臓形、長径3.5〜6 mmで、暗褐色ないし灰褐色で、不明瞭でまばらな短毛があるなど、一見して両者は異なります。

 薬効的には冬葵子は現代中葯学では利水滲湿薬とされ、排尿障害、膀胱炎、浮腫、乳房の腫脹などに用いられ、茯苓と配合する葵子茯苓散や車前子、木通などと配合する冬葵子散などの利水作用を期待する処方に配合されます。現在フユアオイの種子と混用される莔実は古来、下痢や腫瘍などの治療薬とされてきたものです。

 以上、植物形態学的にも生薬の形状からも、また薬効の類似性の観点からも、冬葵子の原植物が混乱した真の理由は不明です。腫物に使用するという共通性はありますが、利水滲湿薬という本質を考えると、互いに代用可能であるか否かには疑問を感じざるを得ません。稀用生薬ですが、薬効的な再検討が必要と思われます。

(神農子 記)