基源:マメ科(Leguminosae)の Trigonella foenum-graecum L. の成熟種子。

 私達が知っているスパイスの多くには漢字表記の別名があります。ターメリックには鬱金、クローブには丁子、フェンネルには茴香などです。これらスパイスとして知られる生薬はヨーロッパなど西域から、或いはインドなど南方から交易を通じて古い時代に中国に導入されたものです。フェヌグリーク/胡蘆巴もそのひとつです。

 フェヌグリークは古代エジプトで5000年前には利用されていた植物とされています。葉は野菜として、種子はパンの味付け用として添加されていたようです。薬用としての利用は、種子のペーストを体に塗って体温を下げる、口腔疾患や口唇のひびわれ、胃病などに利用されるなどがあったようです。中近東では一般的な香料として、スープに入れたり焙じてコーヒーの代用にしたりされ、インドでは種子や葉をカレーやチャツネの原料として用いる他、種子を黄色染料としても利用してきました。この有用植物は地中海沿岸を中心にインド、パキスタン、フランス、アルゼンチンなど世界中に広がり栽培されるようになりました。

 胡蘆巴の名称は中国では宋の時代の『嘉祐本草(1061)』に最初に登場します。同じく宋の『図経本草(1062)』には貿易によりもたらされたことが記載されています。すなわち「この種は南洋の諸外国から出るものだ。(略)海外貿易商人がその種を持ってきて嶺外地方へ蒔いてみると、生えることは生えたが、外国からくるものほど精良なわけにはいかなかったという。(略)唐時代以前の方には用いていない。本草にも記載してなかったところを見ると近代に及んで発見されたものと言える」という文章です。その効能については、同じく『嘉祐本草』に「腎の虚冷の気を治す。附子、硫黄と配合すれば腎虚の冷腹脹満、顔色の青黒なるものを治す」とあり、優れた腎経の薬物であったことがわかります。また胡蘆巴には腎陽を温め、寒湿を去る効果があり、インポテンツや遺精、冷えによって生じる下腹部痛や下肢痛、月経痛などに応用されます。

 処方例として、腎経の疾患を中心に次のようなものがあります。①膀胱機能の失調の治療:胡蘆巴、茴香、ふすまで炒った桃仁各同量を、半分は酒糊で丸薬にし、残り半分は散剤にする。1回に50〜70丸を食前の空腹時に塩酒で服用する。散剤は熱い重湯で整えて、丸剤と交互に空腹時に服用する。②寒湿脚気、腿膝疼痛、歩行無力低下の治療:1晩水に浸した胡蘆巴4両、香りが出るまで炒った破故紙4両を細かい粉末にする(製法略)。梧桐子大の丸薬として1回に50丸を温めた酒で食前の空腹時に服用する。③高山病の予防と治療:胡蘆巴の葉を日干しし、研って粉末にし、錬蜜で丸剤にする、などです。

 原植物はマメ科の1年生草本で高さ40〜50 cm、三出複葉で葉腋にマメ科特有の蝶形花をつけます。花は最初白色で、徐々に淡黄色になります。花後、子房が成長し細長い円筒状のさやを形成します。さやの長さは6〜11 cm、幅は0.5 cm、厚さ2 mm ほどです。花期は4〜6月、結実期は7〜8月です。

 豆果が成熟した夏に株を刈り取り、乾燥後に種子を落として回収します。種子はやや斜方形から菱形で、長さ3〜4 mm、幅2〜3 mm、黄緑色から黄褐色で表面は滑らかです。両面に1本ずつ深い斜溝があるのが特徴的です。質は硬く砕けにくく、砕いたときには強いカレー臭がします。粒が大きく充実したものが良品とされています。中国での主産地は河南、安徽、四川などとされます。

 張子和(およそ1150〜1230頃)の『儒門事親』には「ある人が目を病んで見えなくなったので、胡蘆巴を食べることを思いたった。切らすことなく頻繁に食したところ、1年も経たずにまぶたに虫が入ったような微痛を感じ、しだいに見えるようになり治癒した」との記載があるそうです。この薬効記載の真偽は確認されていないようですが、古くから利用されてきた薬物であるので、まだまだ隠れた薬効が存在するのかも知れません。

(神農子 記)