基源:アヤメ科(Iridaceae)のヒオウギ Belamcanda chinensis (L.) DC. の根茎を乾燥したもの。

 ヒオウギは、カキツバタやシャガといった同じアヤメ科で近縁のアヤメ属植物の花に遅れること3ヶ月程して、7月から8月にかけて花を咲かせます。日本の本州から南西諸島、朝鮮半島、中国に至るまで分布し、各地の山野や草原などに野生する植物ですが、観賞用に栽培もされています。花は直径5センチ程で鮮やかなオレンジ色に赤い斑点があり、花後にできる蒴果は裂開して黒い光沢のある種子を覗かせます。この目立つ種子は古くは烏羽玉(ウバタマ)と呼ばれ、万葉和歌に黒や夜の枕詞として登場します。ヒオウギの根茎を乾燥させた物が生薬「射干(ヤカン)」です。

 射干は『神農本草経』の下品に収載された薬物で、『図経本草』には「茎、梗がまばらで長く、さながら射る矢の長竿のようだ。名称はここから起こったのである」とあります。また『新修本草』に「鳶尾は、葉はすべて射干に似ているが、花が紫碧色で、高い茎は抽き出ない」、『本草拾遺』に「射干、鳶尾の二物はよく似ているので、一般には区別せぬ(略)」、『本草綱目』には「震亨曰く、(略)紫花のものが正しい。紅花のものは違う」などという記載があり、鳶尾(エンビ:アヤメ科のイチハツ)」との混乱もあったようです。さらに、射干の別名の1つである「扁竹」が、萹蓄(タデ科ミチヤナギ Polygonum aviculare L.)の別名にもあり、注意する必要があります。

 和名のヒオウギは古く宮中で使用されていた「檜扇」に由来し、扇形に広がる葉から連想されたものと言われています。李時珍も「その葉は叢生して横に一面に舗き、烏の翅や扇などの形のようだ。故に烏扇、鬼扇などの名がある」と、同じく「扇」を連想しています。実際、長さ 30〜40 センチ、幅約3センチの剣状の葉が扇状に付いています。ここから生じる花茎は1メートル程に達し、総状花序が頂生します。花被は6枚でアヤメ属に近縁ですが、アヤメ属に見られる平らな花柱枝や横向きの柱頭がないという特徴があります。薬用部位の根茎は鮮黄色で多数のひげ根を付けています。春または秋に収穫し、土砂や茎、ひげ根を落としたものを乾燥させ生薬にします。修治に関して『本草綱目』では他書を引用して「およそこの根を採ったならば、まず米泔水に一夜浸して漉出し、しかる後に箽竹葉を用いて正午から午後十二時まで煮て、日光で乾かして用いる」、「寒なり。多く服すれば人をして瀉せしめる」とまとめています。当時は有害作用を除去するための修治法が採られていたようですが、現在はこうした工程は省略されています。

 生薬は不規則な結節状を呈し、表面は褐色〜黒褐色です。表面は縮んで、密集した環紋があります。断面は黄色で顆粒性が認められます。質は堅く、香りは薄く、味は苦くやや辛いとされています。古来、太くて丈夫で、質が堅く、断面が黄色を呈する物が良いとされてきました。現在は主に中国の河南省、湖北省、江蘇省などで生産されています。

 中医学的な薬効は、火を降ろす、解毒する、血を散らす、痰を消すなどで、清熱解毒、消炎、利咽を目的に咽喉痛、咳嗽、喀痰、リンパ腫、腫れ物等に用いられます。また、喉痺咽痛の要薬とされ、扁桃炎による咽喉の腫痛には単独、あるいは他の生薬と配合して煎じ薬としての利用法もあります。『本草綱目』には「咽喉の腫痛:射干花の根、山豆根を陰乾し、末にして吹く、神の如き効がある(袖珍方)」などが収載されています。『金匱要略』の射干麻黄湯は気管支喘息で咳嗽や喀痰がみられるときに用いられるようです。

 日本では馴染みのない生薬ですが、中国の生薬市場では必ず店頭で目にする生薬です。現在まで消えずに残っているという事実が、この生薬の有効性を示しているようです。

 

(神農子 記)