基源:アブラナ科(Cruciferae)のホソバタイセイ Isatis tinctoria L. およびタイセイ I. indigotica Fortune の根。

 板藍根は、2002年に中国広東省で発生し2003年にかけてアジアに広がって新型肺炎として恐れられたSARS(重症急性呼吸器症候群)流行の際に一躍有名になりました。現植物はアブラナ科のホソバタイセイIsatis tinctoriaで、中国では抗ウイルス作用があるとされる本生薬が買い占められ、当時は市場から姿を消したと伝えられました。現在では日本でも感染症予防効果がある健康食品として市販されています。

 薬物としての藍の名称は『神農本草経』の上品に「藍」として収載されています。『名医別録』には「藍実は、その茎、葉を以って青く染める。河内の平沢に生ず。」とあります。この実に由来する藍の原植物はタデ科のアイ(アイタデ) Polygonum tinctorium であると考えられますが、藍には他に木藍、松藍、蓼藍、馬藍、呉藍など古来多くの異物同名品があり、その中の松藍が一般にアブラナ科のホソバタイセイであるとされています。

 ホソバタイセイはヨーロッパ原産の植物であるため、古代の松藍はむしろ中国や朝鮮半島に生育するタイセイ Isatis indigotica であったと考えられますが、ヨーロッパで染料植物として利用されてきたホソバタイセイも古くから世界各地に伝播し、各地で栽培されてきました。中国では薬用植物として地下部が清熱解毒の要薬として利用され、高熱、発疹、咽頭痛を伴うような感染性熱性疾患、脳炎、髄膜炎、丹毒、肺炎、耳下腺炎などに用いられ、SARSに応用された所以です。なお、現在中国で市販されている板藍根は主に2種類あり、華北ではタイセイおよびホソバタイセイの根ですが、華南ではキツネノマゴ科の Strobilanthes cusiaの根および根茎が使用されています。

 ホソバタイセイの茎は直立し、高さ70〜100cmほどで、青緑色で帯粉し、ふつう白くてやわらかい毛に覆われます。葉は互生し、基部の葉は大きく、柄があり、葉身は長円状楕円形、茎葉は楕円形ないし長円状倒披針形で、葉は上へ行くに従い小さくなります。春に茎頂の総状花序に多数の黄色花を付け、開花時の姿は一見アブラナに似ていますが、果実(短角果)は長さ 10〜15 mm のくさび形で下垂する点でアブラナのそれとはかなり異なります。薬用部の根は、直径 5〜8 mmの主根が地中に深く伸びます。なお、葉も同様に大青葉として類似した薬効で利用されます。同属のタイセイは茎が無毛で、果実先端が鈍円形でやや陥没するか切形である点で区別されます。

 ホソバタイセイ、タイセイ、アイなどの植物は古くから世界各地で藍色の染料として用いられてきました。いずれも葉をナイフなどで傷をつけると傷の周辺部分が青くなります。これらの植物にはインジゴの前駆体である無色の配糖体インジカンとその分解酵素が含まれているからです。インジカンは細胞外に出ると酵素的に分解されてインドキシルが生成され、このインドキシルは非常に不安定な化合物であるため、空気に触れるとただちに酸化され、自発的非酵素的に重合し、安定で水に不溶性の青色色素であるインジゴになります。藍染めの色素はインジゴのみならず、赤色色素のインジルビンやインジゴイエローなどの多成分系によって染色されています。現在では多くの場合、化学合成されたインジゴを使用して染色されていますが、天然の藍によって染色された深みのある色合いは合成色素ではなかなか表現できません。まるで多成分系の漢方薬と一成分系の西洋薬との関係のように思えます。

 

(神農子 記)