基源:トウダイグサ科(Euphorbiaceae)の Euphorbia kansui Liou の根を乾燥したもの。

 トウダイグサ科の植物、特に Euphorbia 属植物には、その茎葉の切り口から有毒な乳液を出すものが多くあります。古来、多くの有毒植物が薬用にされてきました。本科の植物も例外ではなく、澤漆(トウダイグサ Euphorbia helioscopia L. の全草)、大戟(京大戟:E. pekinensis Rupr. の根)、続随子(ホルトソウ E. lathyris L. の種子)、巴豆(ハズ Croton tiglium L. の種子)などがあり、今回の話題の甘遂もその一種です。

 甘遂の原植物は古くから混乱していました。『神農本草経集注』には「近頃用いる京口のものは甚だ似付かない。赤皮のものは白皮のものに勝る。都下にはまた草甘遂と名付けるものがあるがまことに悪い。やはり贋造物だ」とあります。この当時(紀元5世紀)から複数の産地にわたる異物同名生薬が存在していたことが伺えます。また唐代の『新修本草』では「甘遂は、苗は澤漆に似たものだ。根は皮が赤く肉が白く、連珠になり、実して重いものが良い。草甘遂というは蚤休のことだ。治療の対象も全く異なる。(中略)根は皮が白色だ」とあります。この時代の澤漆はトウダイグサ、蚤休は別名重楼でユリ科 Paris 属植物の根茎、甘遂はトウダイグサ科植物であるとされています。宋代の『図経本草』でも「苗は澤漆に似て、茎が短小で葉に汁があり----」とEuphorbia 属植物の乳液が記載され、続けて「根は皮が赤く肉が白く、指頭ほどの大きさの連珠になっている」とあり、E. kansuiに由来する現在の市場品の形状によく合致します。

 E. kansui は多年生多肉草本で高さ 20〜30 cmで全草に乳汁を含みます。茎は直立し、葉は単葉で互生し、狭披針形で先端は鈍形、ほぼ無柄。6月〜9月に開花します。花部は Euphorbia 属に特徴的な杯状集散花序を形成し、5〜9 枝が茎頂に輪生します。根は外面が茶褐色で細長く棒状、やや湾曲し、部分的に連珠状になり、長楕円形を呈しています。春の開花期または晩秋に地上部が枯れた後に根を収穫します。根は外皮を叩いて取り、日干し乾燥をします。現在は栽培品が主で、陝西省、河南省、山西省、寧夏回族自治区などで生産されています。

 生薬は円柱形でくびれがあり、連珠状になります。長さは3〜9 cm、直径は 0.6〜1.5 cm程度です。表面は白色または黄白色で、通常ひげ根や取り残した赤褐色の外皮が少し残っています。質はもろく折れ易く、断面は粉性、繊維質です。匂いはほとんどなく、味はやや甘くて辛みがあるようです。古来、太く大きくて色が白く、粘性が強いものが良いとされてきました。断面の繊維性が強い物は良くないとされてきました。

 薬理作用として瀉下作用や利尿作用、強心作用などが知られています。中医学では峻下逐水薬に分類されています。これは激しい下痢を引き起こして大量の水分を排出させる薬物で、利尿作用を兼ねるものもあり、水腫を消退させる効果を有します。肝硬変や住血吸虫による腹水や滲出性腹膜炎などへの適用があります。一方で、毒性が強く、激しい瀉下作用があるため、一般に妊婦や体力の低下している人には使用してはいけません。このような薬効と使用方法は古来受け継がれてきました。『本草衍義』では「この薬は専ら水を行らせることが特徴であって、直接に水を刺激して決し通ずることが主たる作用である」と述べ、「張元素」は「味は苦、気は寒であって、苦の性は泄し、寒は熱に勝つものだから、直ちに水気の結した処に達する。すなわち泄水の聖薬である。水が胸中に結したものはこの薬以外では除き得ない。故に仲景は大陥胸湯にこれを用いている。ただし毒があるから軽々しく用いられぬ」と述べています。「大陥胸湯」は傷寒論の太陽病、結胸の項目に登場します。大黄、芒硝、甘遂の三味から成る処方です。その主治には「傷寒に罹患して六七日が経ち、邪が直ちに裏に入って結胸熱実が甚だしくなった状態で、脈は沈、緊、心下が痛み、これを按ずれば石のように堅い」と記載され、現在でも稀に使用される処方です。

 甘遂のように毒性が強い薬を如何に利用して治療効果を発揮させるか、現在の医薬品開発と通じるものがあると同時に、有毒植物を何とか薬用に利用しようとした先人の試行錯誤が偲ばれます。

 

(神農子 記)