基源:ラン科(Orchidaceae)のシラン Bletilla striata (Thunb.) Rchb.f. の球茎を乾燥したもの。

 毎年5月頃、主に関東地方以西の地域では、鮮やか紫色の花である「シラン」というラン(orchid)を楽しむことができます。花をよく見ると確かにランの仲間というべく特徴的な花弁で形作られています。花は5センチほどの大きさで、一つの花序から総状に数個同時に咲かせます。ランというと稀少で栽培が難しいイメージがありますが、シランは比較的栽培が容易な植物です。種子でも繁殖が可能ですので、現在、野生状態で生育しているシランは栽培品が逸出したものであるとも言われています。日本には奈良時代に渡来したとされています。紫色の花を咲かせるので「紫蘭(シラン)」と呼ばれていますが、白色の花を咲かせるシロバナシランもあります。

 シランの球茎に由来する生薬が白及(または白芨)になります。『神農本草経』の下品に収載されています。白及の名称について『本草綱目』には「その根の色が白く、連及して生ずるから白及という」と記載されています。その原植物に関する記載として同書では『名医別録』の記載を引用して「山谷に生ずる。葉は藜蘆の如く、根は白くして相連なる」とあります。ここで藜蘆とはシュロソウ(Veratrum)属植物のことです。また同じく『呉氏本草』を引用して「茎、葉は生姜、藜蘆の如く、十月真直に伸びて上に紫赤色の花を開く。根は白くして連なっている」とあります。ここで十月に開花とありますが、これはその後の『大観本草』で「三月」に訂正されています。一方日本でも『大和本草』に「園中に植えるシランというものあり、葉はエビネに似たり、4月に紫花を開く」とあります。これらの記載から原植物はシランであることがわかります。

 シランは多年生草本で高さ50 cmほどになります。平行脈を有する葉は披針形で全縁、1株に3〜5枚付けています。花は赤紫色で唇弁を有するランの花の形状です。根茎はカタツムリのような偏圧球形に肥大した球茎が数個連なっています。これを秋に収穫・洗浄したものを加熱した後に乾燥して生薬にします。大きさは1.5〜4.5 cmで、その形状は扁平球形で2〜3つの分岐(突起)があります。表面は黄白色をしており上面には茎の痕跡が残っています。茎の跡を中心に周りに茶褐色の同心円模様があります。下面には他の根茎と連結していた後が残っています。現在の日本市場品は中国産で、主に貴州省、四川省、湖南省などに産出します。

 白及は古来、肺出血を止める薬として用いられており、現在でも中国では喀血を治療するのに使用しています。日本では、以前は西洋生薬のサレップ根の代用として粘滑薬、緩和薬に使用されたこともあるようです。サレップ根とは同じくラン科の Orchis morio L. などの球茎に由来する生薬です。白及の薬効は、その質が極めて粘性が高く、性は極めて収渋であるので止血薬とされ、肺、胃の出血の症状に応用されます。さらによく血分に入って熱を泄すので癰瘍の治療に用い、膿を散じ、つぶれた皮膚を生じさせる効果があるようです。白及が肺結核の喀血に用いてきたのは、その収斂止血作用に依っています。

 現在、ラン科の野生植物は全てワシントン条約にて国際取引が禁止されています。しかし白及は原植物であるシランが栽培しやすいという、ラン科では希な特徴を有しています。シランは温暖で適度な湿り気のある土壌に生育していますが、耐寒性もやや強く、乾燥にも耐えます。根茎はどんどん増えていきます。この性質のお陰で日本には取引が許可されている栽培品が輸入されています。さらに日本では個人の花壇にも植栽されており、潜在的な資源が多くあります。使用頻度があまり高くない生薬の品目については、急激な需要の高まりの際にはこのような一般個人の維持株を活用することで、さらに資源活用が図られることと思います。

 

(神農子 記)