基源:タカワラビ科(Dicksoniaceae)のタカワラビ Cibotium barometz (L) J. Smith の根茎を輪切りにして乾燥させたもの

 現在日本で使用される漢方生薬にシダ植物に由来するものはありませんが、民間的にはノキシノブやスギナなどのシダ植物が薬用にされてきました。一方、台湾や四川省の薬物市場などでよく見かけるのが金毛狗脊を細工して作った動物の置物です。これを見ていると中国では狗脊の需要が多いことがうかがえます。

 狗脊は中国では古くから薬用に供され、『神農本草経』の中品に収載されています。蘇敬は「地上部は貫衆に似て根が細く、多く分岐している。形状が狗の脊骨のようで、肉が青緑色を呈しているので、このように名付けたのだ」と述べ、李時珍は「狗脊に二種ある。一種は根が黒色で狗の脊骨のようなもので、一種は黄金色の毛があって狗の形のようなものだ。いずれも薬用になる。その茎は細く、葉、花は両々相対して生じ、さながら大葉蕨に似ており、貫衆の葉のようでもあるが、葉に歯があって表、裏共に光る。根は太さ拇指ほどで硬い黒鬚がむらがっている」と記し、『本草綱目拾遺』にも「即ち蕨である。根の形は狗の脊骨に似ており、毛は狗の毛のようで黄、黒の別がある」とあります。これらのことから当時かなり形態が異なった2種類の狗脊があり、シダ植物であったことがうかがえます。これらの記載から種の特定は難しいですが、『植物名実図考』にはシシガシラ科(Blechnaceae)のコモチシダ Woodwardia 属と考えられる植物が描かれており、李時珍のいう黒狗脊に相当するものと思われます。一方の黄金色の毛があるものは現在市場の金毛狗脊と同一で、タカワラビ科のタカワラビ Cibotium barometz の根茎と考えられます。昨今はこの金毛狗脊が一般的に用いられているようです。

 原植物のタカワラビは鹿児島県沖永良部島以南、琉球列島から台湾、中国南部を経てフィリピン、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、インドにわたり広く分布しています。山地の林縁や日当たりの良い沢沿いに群生し、東南アジアなどでは二次林の遷移の初期段階に出現する大型の木生シダで、幹が立ち上がらず地表面近くをはっているため、林中ではヘゴほど目立ちません。葉身は2m 以上になり3回羽状複葉で裏面は白色を帯びます。葉柄、葉軸とも若いうちは緑色ですが、しだいに紫色を帯び、葉柄の基部には光沢のある黄褐色の長い毛(1.0〜1.5cm)が密生します。種小名の「barometz」は14世紀にヨーロッパに伝わった「羊のなる木」の伝説に因んで命名されたと言われており、ふわふわした長い毛で覆われた根茎が羊を連想させたからであろうと思われます。

 原形生薬は不規則な長い塊状で、長さ8-18cm、直径3-7cm。表面にはつやのある黄金色の長い柔毛があり、上部に赤褐色で木質の葉柄数個が見えます。狗脊片は不規則な長方形、円形あるいは長楕円形で縦に切ったものは長さ約6〜20cm、幅3〜5cm、横に切ったものは直径2.5〜5cm、厚さ2〜5mm、縁はともに不規則です。質は堅くて折れにくく、味はうすくて少し渋く、においはありません。産地は暖地に位置する中国西南部各省で、とくに四川省に多く産出し、福建省産のものが品質がよいとされています。

 薬効は、『神農本草経』に「腰、背のこわばり、関節の拘痛、全身麻痺、膝痛を主治す」、『名医別録』に「脊を堅くして俯仰を利し、婦人の傷中で関節の重きを治す」とあり、古来、腰や膝の疼痛、背腰のこわばりなどに用いられてきました。現代中薬学では助陽薬(補陽薬)に分類され、肝腎不足による上記症状の改善に用いられています。

 日本で余り馴染みがないのは、原植物が生育していなかったことがその理由であると考えられます。腰痛や膝痛で苦しむ人が多い昨今、日本でも試用してみる価値がありそうです。

 

(神農子 記)