基源:クロウメモドキ科(Rhamnaceae)のサネブトナツメ Zizyphus jujuba Mill. var. spinosa (Bunge) Hu.F.Chou の種子

 酸棗仁はどちらかと言うと稀用生薬ですが、睡眠障害に用いられる薬物として重要なものです。睡眠障害は、不眠症・睡眠関連呼吸障害・過眠症・概日リズム睡眠障害・睡眠時随伴症・睡眠関連運動障害、の6つのグループに分けられ、中でも不眠症は日本人の5人に1人が悩んでいるとされ、社会的な問題にもなっています.

 原植物のサネブトナツメは,ヨーロッパから中国にかけての乾燥した丘陵地や平原に自生する落葉高木で,時に低木状のものも見られます.枝には托葉が変化した長さ約3cm になる細くて鋭い刺があり,ラテン名の spinosa はナツメのものよりも鋭いこの刺に由来しています.葉は卵形〜卵状楕円形,長さ3〜7cm,幅 1.5〜4 cmで,紙質で3脈が目立つのが特徴的です.果実はほぼ球形で直径は1〜1.5 cm程度.サネブトナツメはナツメの原種と考えられており,漢名の酸棗は果実の味がナツメと比べ酸っぱいため,また和名はナツメに比して薬用部である中の核(さね)が大型であること(核太棗)に由来しています.日本へは平安時代以前に中国から薬用を目的に導入されたと考えられ、東京の小石川植物園にも古木があります。

 中医学では、酸棗仁は養心安神薬の代表的な生薬とされ、陰血を補い津液を収斂し,肝胆を補益し,心脾を滋養する効能をもつとされます.酸棗仁が配合される代表的な処方の酸棗仁湯は,不安感やイライラを和らげ不眠症などに応用され、不眠症には就寝前に服用することが推奨されています.また、酸棗仁湯はしばしば嗜眠症にも使用されます.この相反するような作用は酸棗仁の虚労を改善する作用に依るものと説明されています.実際、生の種子には鎮静作用とともに興奮作用も認められており、吉益東洞も酸棗仁湯を不眠症にも嗜眠症にも用いています。一方で,「陳久品を炒った場合には鎮静作用を示さない」、「眠り多いものには生を用い,不眠にはよく炒って用いる」,「生・炒のいずれにも鎮静・催眠の薬効がある」など様々な意見があり,修治や薬効に関しては検討の余地があるようです。なお、成分的には,ベンジルアルコール配糖体のジジベオシドⅠ, Ⅱ, サポニンのジュジュボシドA, B,環状ペプチドのサンジョイニン類が知られており,ジジベオシド,サンジョイニンに鎮静作用が認められています.

 江戸時代後期の内藤尚賢は『古方薬品考』の酸棗の項で「酸棗仁の舶来は一種のみ.和の酸棗と称するものは大棗仁で,若し酸棗仁が欠乏したときには,これを用いるべし」と,また大棗の項で「商人が仁を取り酸棗仁と為すものは下品である」と述べており、酸棗仁は古来不足気味であったことが窺えます。酸棗仁湯には15gが配合されますが、近年でも酸棗仁が市場に不足した時期があり、より少ない量で対処できるか否かが論議されたことがありました。今後の品不足に備えて、大棗仁の代用についても検討しておく必要があるのかもしれません。

 現在,国内で使用される酸棗仁は全て中国からの輸入品で賄われています。酸棗仁の品質は,粒がよくふくらんで大きく,外皮が紫赤色で,核殻のないものがよいとされていますが、一般に市場には仁のみではなく赤褐色の核殻がついたものが出回っており、煎じる際には砕く必要があります。なお、同効生薬に柏子仁(ヒノキ科のコノテガシワ Thuja orientalis L. の成熟種仁)があり、酸棗仁が補肝斂陰と止汗に優れているのに対して,柏子仁は養心補血と潤腸通便に優れているとされます。

 余談ですが、「棘(いばら)の道」とは本来、サネブトナツメが伸びた根の先から新芽を出し、でどんどん増えて路上に多数が芽生えた状態を言います.小さな株にはとくに刺が多く歩きにくいことは想像に難くありません.加えて、朿(とげ)の字を縦に並べたのが棗で、横に並べたのが棘です。

 

(神農子 記)