基源:ニクズク科(Myristicaceae)のニクズク Myristica fragrans Houttuyn の種子で、通例、種皮を除いたもの

 肉豆蔲は、小豆蔲(ショウズク)、草豆蔲(ソウズク)、白豆蔲(ビャクズク)など、ショウガ科植物の果実に由来するいわゆるカルダモン(豆蔲)類生薬と名称が似ていますが、全く別の分類群に由来する生薬です。肉豆蔲の名称について、初収載された『開宝本草』には「肉豆蔲とは草豆蔲に対する名称であって、殻を棄て去って肉のみを用いるものである」とあり草豆蔲と同類と考えられていたことが分かります。また植物に関する記載についても宋代の『図経本草』には「今は嶺南地方の人家でも栽培する。春苗を生じ、夏茎が抽き出で、花を開き実を結ぶ。その実は豆蔲に似たものだ。六月、七月に採取する」とあり、明代の『本草綱目』には「花、実いずれも豆蔲に似ているが核がないものだから命名したものだ」とあり、これらは真のニクズクではなくショウガ科植物を表現しているようです。肉豆蔲の特異な味や香りが、多様なショウガ科植物の一種と考える混乱を生じさせたのかもしれません。実際のニクズクは常緑高木で、播種後も7年ほど経たないと結実しない成長の遅い植物です。中国には分布せず、宋代の頃に交易により生薬のみがもたらされたのでしょう。

 ニクズクはインドネシアのモルッカ諸島原産の植物で、インドネシア、マレーシアの低地の熱帯雨林に自生また栽培される常緑高木です。葉は光沢のある革質で長楕円形、先端は尖っています。雌雄異株で1cmに満たない小さな花をつけます。果実は桃に似た形で直径5cmほどで、肉厚な果皮の内側に大型の種子があります。熟すと果皮が裂け、種子とともに種子を覆う深紅の仮種皮が見えます。この仮種皮がメース(mace)と称される香辛料で、その内側にある殻状の種皮を割って取り出した種仁が肉豆蔲で、ナツメグ(nutmeg)と称されているものです。香辛料としてのナツメグとメースは香りも味も似ていますが、メースの方が上品な香りで、一つの果実から少量しか採れないので高価で取引されたようです。

 肉豆蔲は長さ1.5〜3.0 cm、径1.3〜2.0 cmの卵球形〜長球形です。外面は灰褐色、表面には縦に走る広くて浅い溝と網目様の細かいしわがあります。楕円形の一端には灰白色〜灰黄色のわずかに突出したへそがあり、他端には灰褐色〜暗褐色のわずかに凹んだ合点があります。横断面は暗褐色の薄い外胚乳が淡黄白色〜淡褐色の内胚乳に不規則に入り込んで、大理石様の模様を呈しています。この断面の赤みの鮮やかなものが良品とされています。特異な強いにおいがあり、味は辛くてわずかに苦味があります。学名(種小名)の「fragrans」は「芳香のある」という意味です。

 肉豆蔲は収斂、止瀉、特に芳香性健胃薬として使用されます。胃腸の虚寒や気滞のために腹部が膨満して痛み、嘔吐や食欲不振、下痢などが続くときに用いられます。早朝になると下痢をする症状には四神丸(補骨脂、五味子、肉豆蔲、呉茱萸、大棗、生姜を水煎し、麦粉で丸にしたもの)が使用されます。また家庭薬の種々の胃腸薬にも配合されています。

 肉豆蔲は薬用以外にも香辛料のナツメグとして重要です。ニクズクの原産地であるモルッカ諸島は別名「香辛料諸島」と称されるほど、チョウジやニクズクを代表とする香辛料原料植物の産地です。15〜16世紀の大航海時代、モルッカ諸島を支配したポルトガルはヨーロッパへのニクズクの貿易を独占しました。ナツメグは薬としての用途に加え、やがて食肉の防腐剤としても使用されるようになるとさらに高価に取り引きされるようになりました。ヨーロッパ諸国は貿易の独占を目指してモルッカ諸島の争奪戦をもおこないました。ニクズクはその優れた幅広い用途故に、小さな島の運命を翻弄する原因にもなったわけです。現在、ニクズクは中米のグレナダが主産地となっています。グレナダの国旗にはニクズクの実が図案化されて描かれています。

 

(神農子 記)