基源:キク科(Compositae)のシロバナムシヨケギク Tanacetum cinerariifolium (Trevir.) Sch. Bip.(= Chrysanthemum cinerariifolium Visiani, Pyrethrum cinerariifolium Trev.)の頭状花

 「除虫菊」という名称が、その用途を示しています。ご存知のとおり蚊取り線香に配合される植物です。蚊取り線香はシロバナムシヨケギクの花部や地上部をお線香の原料とともに成形したものです。燃焼させることにより揮発する除虫菊含有成分であるピレスリンが殺虫作用を持っているのです。

 シロバナムシヨケギクはヨーロッパ、バルカン半島地域原産の植物です。日本には分布しておらず、殺虫剤目的として明治時代に日本に導入されました。植物の形態は、高さ30〜60 cm、頭状花は3 cm 程、頭状花の外側一重は白い舌状花が配置され、キク科植物であることを示しています。また、全体に白い毛を密生し、葉が2〜3回羽状に深裂するという特徴により他の同類植物と区別できます。初夏に茎頂に多数の頭状花をつけます。ピレスリン含量は満開時に最大となり、生薬としての利用はこの時期に収穫されるものです。頭状花のみを除虫菊花(ジョチュウギクカ)、地上部全体を除虫菊(ジョチュウギク)と称します。

 収穫は開花期に、除虫菊花の場合は専用の道具で頭状花のみを、除虫菊の場合は株元から刈り取って集めます。これらを陰干しや機械乾燥します。頭状花以外、茎葉にも多少のピレスリンが含まれているため、これらも同目的で使用される場合があります。

 シロバナムシヨケギクは導入直後、和歌山県などで栽培されはじめました。除虫菊花の殺虫剤としての有効性が確認され、徐々に国内生産が拡大し、広島県、岡山県、愛媛県、香川県、そして北海道などで栽培されました。そのうちに、除虫菊花の資源は次第に輸入から輸出に転換し、昭和初期には我が国が世界一の生産国になりました。除虫菊花のピレスリン含量は約 0.3% です。1950年代にピレスリンをより多く含む品種の作出を目指して2倍体や4倍体化の研究も行われました。その結果、ピレスリン含量を 1.5% にすることに成功しています。

 シロバナムシヨケギクという名称は白い花で除虫作用があることから名付けられました。近縁にアカバナムシヨケギク(Tanacetum coccineum)という植物もありますが、これはペルシャ原産の別種で、ピレスリン含量が低いことから当初より鑑賞目的で栽培されています。

 蚊取り線香の製法は施設により異なっているようです。一般に、杉粉(杉の葉を乾燥して粉末にしたもの)、除虫菊花粉末、除虫菊粉、タブ粉(タブノキの樹皮を粉末にしたもの)を混合し、熱湯を注いで充分に練り、圧搾機にかけて成形、乾燥します。緑色のものはマラカイトグリーンという着色料が使用されています。過去には蚊取り線香以外にも、除虫菊花の粉末をそのまま火鉢などでくすべて燻蒸剤としたり、微末にして蚤取りにしたりしたようです。需要の多さから粗悪品も存在したらしく、米ぬかやおがくずの混入があったようです。鑑別法は、粉末を顕微鏡下で観察すると大量の花粉と花部の組織片が認められる、という方法です。

 有効成分ピレスリンの有効・安全性についてです。蚊取り線香から揮散するピレスリンは空中を漂って、蚊の体に入り、蚊の神経細胞に作用して体を興奮、麻痺させることにより殺虫します。蚊取り線香の近くにいる人間もそれなりの量のピレスリンを体に浴び、吸入することになります。しかしほ乳類への作用は弱く、この程度の量では影響はありません。一方、蚊以外の昆虫類、また両生類、爬虫類にも有効なようです。

 渦巻き型蚊取り線香は日本で発明されました。蚊取り線香は有効成分のピレスリンを揮散させるという意味で非常に優れたアイデアです。現在はピレスロイド化合物合成品の登場により除虫菊の需要も減少し、シロバナムシヨケギクの商業目的栽培はほとんど残っていません。蚊取り線香の開発に尽力された先人に敬意を表し、この夏は天然品配合の製品を使用されてはいかがでしょうか。

 

(神農子 記)