基源:キク科(Compositae)のオグルマ Inula britannica L. subsp. japonica Kitam. の頭花を乾燥したもの

 漢方生薬には甘草,生姜,茯苓など使用頻度の高い薬物がある一方で,滅多に使用されない薬物もあります。キク科のオグルマの頭花に由来する旋覆花もその一つです。

 旋覆花の歴史は古く,『神農本草経』の下品に収載されています。その名称について李時珍は寇宗奭の言として「花の縁が円形に繁茂して,下を覆うから旋覆花という」と記しています。植物形態について『図経本草』に,「平沢川谷に生ず。(中略)葉は柳のようで茎は細く,六月に菊花のような小銅銭大の深黄色の花を開く」と記載があり,Inula 属植物である事がわかります。現行の『中華人民共和国薬典』ではオグルマに加え,母種の Inula britannica も収載されています。その他,市場には他の同属植物も混在し,ホソバオグルマ Inula britannica subsp. lineariifolia などが出回った事があるそうです。現在は主に中国における栽培品が流通しており,河南,河北,江蘇,浙江省などが主な産地です。

 オグルマは日本にも自生し,高さ20〜60センチの多年草で,茎は縦に稜があり緑色あるいはかすかに紫紅色を帯びています。葉は互生し細長い楕円形で長さ6〜10センチ程です。夏から秋にかけて一見してキクの仲間と分かる黄色い頭花が散房状に頂生し,頭花は直径3〜4センチで舌状花と管状花からなります。舌状花は頭花の最も外側に位置し,整然と放射状に並び,オグルマとはこの舌状花の配列状態を小さな車,「小車」に見立てたと言われています。旋覆花はこの頭花を陰干しまたは日干しにしたものです。匂いは薄く,やや苦く塩辛い味がします。

 旋覆花は現代中薬学では止咳平喘薬,すなわち咳止め薬に分類されています。旋覆花を配合した処方「旋覆花代赭石湯」は『傷寒論』に収載され,張仲景は「傷寒を病む者を治療のために発汗させ,あるいは吐かせ,あるいは下すなどして病が軽快した後に,なお心下痞鞭と噫気が残る者に用いる」と述べています。旋覆花の性味は苦・辛・鹹,微温で,寒性のものに用いるのが基本であり,旋覆花代赭石湯は,虚弱体質者で脾胃虚寒のために胃腸内の水分が代謝されず,その結果引き起こされる嘔吐,吃逆,便秘,下痢などを目標に使用されます。その他,旋覆花に桔梗,桑白皮,半夏,栝楼仁などを配合して,痰のつまり,咳嗽,すっきりと喀出できない慢性の頑固な痰,胸がつかえて苦しいなどの症状(慢性気管支炎など)に用いられます。

 また,オグルマの地上部は金沸草(キンフツソウ)の生薬名で使用されます。旋覆花と同様の薬能を有し,消痰化飲の力が強いとされます。また根は旋覆花根(センプクカコン)と称し,鎮咳作用の他,外用することで肉ばなれの治療に用いられます。

 ヨーロッパには大型の同属植物 Inula helenium が原産し,オグルマ(小車)に対しオオグルマ(大車)と名付けられています。オオグルマの根,すなわち「オオグルマ根」は,ヨーロッパでは民間的に苦味健胃,駆風,利胆,利尿,駆虫などに内服され,外用で皮膚病などに使用されてきました。オオグルマは日本には江戸時代に早くも薬用としてもたらされ栽培されていました。当時は日本では「土木香(ドモッコウ)」または「御薬園木香」と称し,肺疾患や健胃薬として使用されていました。

 さらに,オグルマに良く似た植物にカセンソウ Inula salicina var. asiatica があります。オグルマが田の縁や川岸などの湿地に生えるのに対し,カセンソウは日当りの良い草原に生えます。両者の分布域はほぼ同じですが,オグルマのみ薬用にされるのは興味深いことです。含有成分の比較研究を行えば面白い発見があるかも知れません。稀にしか使用されない薬物であっても,それに代わるものがなければその存在価値は大きいと言えます。

 

(神農子 記)