基源:セリ科(Umbelliferae)の Peucedanum praeruptorum Dunnまたはノダケ Angelica decursiva Franch. & Sav. の根

 前胡はセリ科の異なる2種の植物に由来します.並列規格として異なる属の植物が記載されている日本薬局方収載生薬は前胡のみです.P. praeruptorum は日本に分布しておらず,中国では白花前胡と称される植物です.高さ120センチ程度,茎を1本直立し,上部で分枝させます.複合集散花序が頂生あるいは腋生し,花弁は白色です.生薬は円錐,円柱,紡錘形などがあり,直径1〜2センチ,長さ3〜5センチ程度です.質はやや柔らかく,折れやすいものです.ノダケ A. decursiva は中国,日本に分布する植物で,中国では紫花前胡と称されます.高さ140センチ程度,稜のある茎を1本直立し,上部は少し分枝します.複合集散花序が頂生し,花弁は濃紫色です.生薬は,主根は分枝しているか側根があり,直径0.8-1.7センチ,長さ3〜15センチの円柱形です.質は堅く,容易に折れません.これらの生薬はいずれも断面が黄白色で,香気の強い物が良品とされています.現在,2種類の原植物が規定されている前胡ですが,古くから原植物が複数あることが指摘されていました.

 原植物の形態について『図経本草』には「春,青白色の斜蒿に似た苗を生じる.初生は白い芽で長さ三,四寸になり,味はたいへん香美なものだ,また芸蒿にも似ている.7月中に葱の花に類似した白い花を開き,八月に実を結ぶ.根は青紫色である」という記載があります.これはP. praeruptorum の形態と良く合致します.さらに「今諸方に用いる前胡はそれぞれ差異がある」とも述べています.『本草綱目』では「前胡には数種あるが,苗の高さは一,二寸で,色は斜蒿に似ており,茎は野菊のようで細く痩せ,嫩い芽は食べられる.秋に蛇床子の花に類した紫白色の花を開き,その根が皮黒く,肉白く,香気のあるものが本物である.たいてい北方産のものが勝れており,方書にも北前胡と称している」とあり,ノダケの記載もみられます.生薬の形状の違いについてさらに「汴京,北地の産は色が黄白色で枯れて脆く,一向に気味がない.江東の産には三〜四種類あって,一種は当帰に類し,皮が斑黒で肌が黄色で,脂潤があり,気味が濃烈だ.一種は色理が黄白で人参に似ているが細く短く,香も味もすべて微い.一種は草烏頭のようで膚が赤く,堅く,二〜三の股に岐れ,食えば咽喉を強く刺激し,破って薑汁に漬けて擣いて服すれば甚だ膈を下し痰実を解すという.しかしいずれも真の前胡ではない.現在最上のものは呉中の産である」と記載があります.現在の中国市場にも10種類近い,様々な前胡が流通しています.

 主な原植物は P. praeruptorum で,この根を乾燥したものを白花前胡と称します.これに対し,ノダケの根は紫花前胡と称され,いずれも中国全土で用いられています.その他,中国陝西省,河北省ではカワラボウフウ P. terebinthaceum の根を前胡や硬苗前胡,内蒙古では P. rigidum の根を沙前胡,福建省では A. citriodora の根を香前胡,Ligusticum daucoides の根を滇前胡,など多くのセリ科植物の根を前胡として用いています.日本産の和前胡はノダケの根です.以上のうち,白花前胡が産量,品質ともに良好で,浙江,四川,湖南,安徽などに産し,官前胡,信前胡,雲前胡,紅前胡など様々な名称が付けられています.『雷公炮炙論』では正しい前胡について「凡そこれを用いる場合に野蒿根を誤り用いてはならぬ,如何にもよく前胡に似ているのであるが,ただ味が粗酸なものだ.若し誤ってこれを用いれば半胃を起こして食物を受け付けなくなる.前胡ならば味が甘くして微し苦いものだ」と記載しています.

 前胡の薬効について『本草綱目』では「肺熱を清し,痰熱を化し,風邪を散ず」とあり,さらに「前胡は味は甘辛,気は微平,陽中の陰であり降であって,手足の太陰,陽明の薬である.柴胡の純陽にして上升し,少陽,厥陰に入るとは同一でない.その功力は気を下すに特徴がある.故に能く痰熱,喘嗽,痞膈(胃のつかえ),嘔逆の諸疾を治するので,気が下れば火が降り,同時に痰も降るという関係である.従って新陳代謝を盛にする効果もあり,痰気に重要な薬である.陶弘景が「柴胡と同功だ」というは正しくない.それは治療の対象は同一でもその功力の及ぶ経路とその作用とが異なっている」と記載しています.

 前胡の原植物のうちの1種,ノダケは日本に分布していますが,日本ではほとんど使用されていません.ノダケ由来前胡の品質が明確にされ,国産前胡の開発へとつながることを期待します.

 

(神農子 記)