基源:中国では小麦粉や米の麸(フスマ)に赤小豆粉,杏仁泥,青蒿,蒼耳,野辣蓼を混合して発酵させたもの,日本ではコメを蒸して酵母菌により発酵させた麴(コウジ).

 麴(コウジ)は日本酒や味噌,漬け物などの発酵食品を作る際に用いられるもので,コウジカビを繁殖させたものです.麴を薬用目的専用に開発されたのが「神麴(シンキク)」です.「神麴」という名称について李時珍は「蓋し諸神聚合の日にこれを造るという意味で神なる名称を冠したのだ」と記載しています.中国製は方形の塊状で,幅は約3センチ,厚さ約1センチ,表面はざらついています.質は堅くてもろく,断面は発酵時の空洞が多数見られます.日本製は乳白色の円板状又は不定塊状です.いずれも年月を経たもの,虫食いのないものを良品とします.

 神麴の製造法は賈思勰の『齊民要術』に詳しく記載されていますが,あまりにも煩雑であったので明代頃には簡便な方法に変わっています.『水雲録』には「五月五日,或は六月六日,或は三伏の日に,白麪百斤,青蒿(キク科クソニンジン)の自然汁三升,赤小豆末,杏仁泥各三升,蒼耳(キク科オナモミ)の自然汁,野蓼(タデ科Polygonum 属植物)の自然汁各三升を用いて,それぞれを白虎,青龍,朱雀,玄武,勾陳(コウチン),※蛇(チンジャ)の六神に配し,その汁でその麪,豆,杏仁を和して餅にし,麻葉,或は楮葉で包*(ホウアン)して醤黄を造る法のようにし,黄衣の生ずるを待って晒して取収める」と記載されています.現在の中国の製造法は小麦粉60斤に米の麸(フスマ)100斤を混ぜ,新鮮な青蒿,蒼耳,野辣蓼(タデ科Polygonum chinense var. hispidum)を細断したもの各12斤を混合し,さらに赤小豆末,皮去り杏仁末各6斤を加え,水を適量入れ団子状にねり,厚さ1センチの平板状にして稲藁あるいは麻袋をかけて一定時間発酵させます(夏は2〜3日,冬は4〜5日).表面に黄色の菌糸が長くのびてきた頃に取り出して乾燥させ,3センチ四方に切ったものが神麴となります.福建省産のものが有名で建麴とも称されています.一方,日本製はコメを蒸して,酵母菌により発酵させたものです.

 薬効としては,滋養,消化,止瀉薬として消化不良,下痢,食欲不振などに応用されています.神麴が初めて記載された『薬性論』では「神麯(麴),水穀の宿食,気結,積滞を化し,脾を健やかにし,胃を暖にする」とあります.『本草綱目』では「食を消し,気を下し,痰逆,霍乱,泄痢,脹満の諸疾を除く.その功は麴と同じ.閃挫(センザ;ぎっくり腰),腰痛には,焼いて酒に浸して温服すれば効がある.婦人産後に乳を回さんとする(乳の分泌の中断を欲する場合)には,炒って研り,一日二回,二銭ずつを酒で服する.直ちに止んで甚だ効験がある」とあり,また『啓微集』には「神麴は目病を治す.生で用いれば能くその生気を発し,熟して用いれば能くその暴気を斂める」とあり,多くの薬効があるとともに焼く、炒るなどの加工もされることが記載されています.

 実際の処方例ですが,脾胃ともに虚で,水穀を消化できず,胸膈のつかえに悶え,腹脇が時々脹る症状が長年続き,飲食の量が減って床に臥したがり,口は苦くて味を感じず,やせ衰えて無気力なものの治療には消食丸として使用されます.消食丸は,核を去り焙って乾かした烏梅4両,強火で焙った乾姜4両,黄色くなるまで焙った小麦蘗3両,ついて粉末にして炒った神麴6両2銭を粉末にし,煉蜜とよく混ぜ合わせ,梧桐子大の丸剤にしたものです.これを1回15〜20丸を重湯で1日2回服用します.また,産後の冷痢で,臍下に㽲痛(キュウツウ;こわばり)があるものの治療には神麴散として使用されます.神麴散は黄色くなるまでわずかに炒った神麴3両,熟乾地黄2両,白朮1両半を細かくつき,ふるいにかけて散剤にしたものです.1回2銭を粥で1日3〜4回服用します.なお,神麴は発酵作用によって消化機能を促進しますが,『神農本草経疏』には「脾が陰虚,胃火の盛んな者は用いてはならない.流産させる恐れがあるので,妊婦は少なめに食せねばならない」とあります.

 微生物の働きを利用して作られる発酵食品は我々の食生活に欠かせないものになっていますが,神麴などのように薬用に利用されているものもあるのです.

※:勝の力を虫に,*:罒の下に音

 

(神農子 記)