基源:ユキノシタ科(Saxifragacea)のジョウザン Dichroa febrifuga Lour. の根を乾燥したもの

 「常山」は日本では余りなじみのない生薬ですが,『神農本草経』下品収載の由緒ある薬物で,中国各地で広く利用されてきたからか,古来異物同名品の多い生薬でした.現在ではユキノシタ科の植物であるジョウザンの根が正品とされています.

 ジョウザンは日本には分布せず,熱帯から亜熱帯の山地や林床に生える落葉低木で,中国,ヒマラヤ,スマトラ島などにかけて広く分布しています.和名のジョウザンは生薬名の常山を音読みしたものです.アジサイと近縁なことからジョウザンアジサイという別名もあります.アジサイに似た花序をつけて多数の花を咲かせます.しかしジョウザンの果実は球形の液果で,熟すと青紫色になることがアジサイとの大きな違いです.

 アジサイではないのに,「ジョウザンアジサイ」としたのは,他の異物同名品と区別するためでした.質が堅くて重く鶏骨のような常山は,「鶏骨常山」とも称されていました.「臭常山」と称されるものはミカン科のコクサギ Orixa japonica の根に由来するものです.「白常山」はアカネ科 Mussaenda parvifloraなどの根で,断面が白いことが異なっています.「海州常山」はクマツヅラ科のクサギ Clrodendron trichomumの根です.同じくクマツヅラ科クサギ属の C. canescens は広西壮族自治区では「海州常山」,C. yunnanensisは雲南省では「滇常山」と称します.「土常山」はユキノシタ科のHydrangea aspera, H. strigosaなどの根で,抗マラリア薬として使用されます.『図経本草』に収載されている「土常山」は天台山(浙江省)に産するとされ,「苗,葉が極めて甘いもので,その地ではこれを用いて飲料を作る.蜜の様に甘いので,別名を蜜香草という」という記載から,アジサイ属のH. aspera であったと推定されています.また,「土常山」と称される植物は他にも存在し,アマチャH. serrata var. thunbergii やハイノキ科のタイワンサワフタギSymplocos chinensis,クマツヅラ科 Vitex negundo やニンジンボク V. negundo var. cannabifolia の根などがあります.「山常山」はメギ科のBerberis sibirica など Berberis 属植物の根です.河南,河北,山西,山東省ではヤマノイモ科ウチワドコロ Dioscorea nipponica の根を「山常山」,陝西省では「草常山」とも称するようです.このように原植物は多岐にわたり,ジョウザンを「ジョウザンアジサイ」として区別する必要があったことが分かるような気がします.

 一方,古来の正品を考えたとき,梁代の『本草経集注』に「常山は,宜都,建平産の実が細かで黄色のものを鶏骨常山と呼び,これを用いるのが最も優れている」とありますが,黄色の実というのはジョウザンアジサイに合致せず,却ってコクサギに似ています.唐代の『新修本草』に「葉はチャに似て細長く,2枚の葉が相当し,三月に青萼の白花を開き,五月実を結ぶ,実は青く円く,三子が房になる」という記載があり,これはジョウザンアジサイに合致しそうです.すなわち常山の本来の薬効である截瘧(セツギャク)すなわち抗マラリア薬としての作用が,コクサギ由来のものより優れていたことから現在のジョウザン由来のものに置き換わったと推察されます.

 常山は瘧疾(悪寒・発熱の発作を繰り返す疾患)に使用されます.また,胸中に痰飲があり胸苦しく,咯出したいが咯出できず,舌苔が膩(ジ:脂のようにねっとりした苔)などを呈するときに甘草と水煎し,蜜を加えて温服し催吐させます.近代では特に抗アメーバ赤痢や解熱作用,特に抗マラリア薬として使用されていました.活性成分としてアルカロイドのフェブリフジン,イソフェブリフジンが明らかにされ、フェブリフジンは嘔吐作用をも併せ持っています.現在,このフェブリフジンをシード化合物として抗マラリア薬の開発研究が行われています.

 最近の日本では,植物のジョウザンは園芸植物として利用されることの方が多いようです.青紫色の液果をつけるという日本のアジサイにはない特徴を有し,しかもアジサイ(Hydrangea)属植物との交配が可能であるという特徴を生かして,多様なアジサイの品種を作出することにも役立っているようです.

 

(神農子 記)