基源:キク科(Compositae)のシオン Aster tataricus L.f. の根および根茎

 夏から秋にかけて,庭先などでシオンの花が見られるようになります.高さは1〜2メートル,枝分かれした茎の先に,散房状に薄紫色〜ピンク色のたくさんの頭花をつけます.キクの仲間は数多くの園芸品種が作出されていますが,シオンは野生のままの色合いを残しています.「野菊」と総称されるキクの一種ですが,シオンは他に比べて草丈が高いこと,花や葉が大型であることなどから比較的簡単に識別できます.『枕草子』や『源氏物語』にも登場することから,先人は千年以上も昔からこの植物に親しみを感じていたことがうかがえます.

 シオンの根および根茎を乾燥したものを「紫苑」と称し,鎮咳,去痰,利尿薬として使用します.現在,日本での栽培は花の鑑賞目的に限られ,生薬は輸入品でまかなわれています.「紫苑」の正品の原植物はシオンAster tataricus とされますが,別に,「山紫苑」と称されるキク科オタカラコウLigularia fischerii を始めとするLigularia属植物に由来するものもあります.それぞれ「軟紫苑」,「硬紫苑」と称される場合もあり,この2つの種類は古くから存在していたようです.

 紫苑の薬用としての利用は古く,『神農本草経』の中品に収載されています.名称について『本草綱目』には「その根が紫色で柔宛だから名付けたのだ」とあります.原植物について『名医別録』には「紫苑は漢中(陝西省南鄭県),房陵(湖北省房県)の山谷および真定(河北省正定県),邯鄲(河北省邯鄲県)に生じる」とあり,『神農本草経集注』には「近道處々にある.地に布いて生え,花は紫色で本に白毛がある.根は甚だ柔らかで細い.白苑と名付ける白いものもあるが,それは用いない」とあります.この紫色と白色のものとの対応関係は不明ですが,『図経本草』には成州紫苑,泗州紫苑,解州紫苑の3種類の図の記載があります.図中の花や葉の特徴と現在の流通生薬を対応させると成州紫苑と泗州紫苑はAster 属植物,解州紫苑は Ligularia 属植物と類推できます.すなわち,紫苑の原植物に関する複数の基源は宋代から存在していたようです.

 しかし時を経て,明代の『本草綱目』では紫苑の図が「解州紫苑」ただひとつになります.Ligularia 属植物に近い方の図が残ったのです.現在の紫苑の正品は日本でも中国でもシオンの根および根茎となっていますが,原植物はめまぐるしく変遷してきたようです.

 3種類の図を掲示した『図経本草』の植物に関する記載には,「三月の内に布いて苗が生え,その葉は二枚,四枚,と相連り,五月,六月の内に黄,白,紫の花を開き,黒い子を結ぶ」とあります.Aster 属,Ligularia 属植物はともに夏から秋にかけて開花し,その種子は冠毛をもつそう果ですから,いずれもこの記載とは食い違いがあります.『本草綱目』に受け継がれた「解州紫苑」の図について,牧野富太郎博士は『國譯本草綱目』の注で「我邦ノ学者従来之ヲ菊科ノしをんニ充テ来リ居レドモ穏当デハナイ 紫苑ハ何カ脣形科ニ属スル品デ其葉ハ対生デ花ハ脣形デアルヤウダガ私ニハ見当ガ附カヌ,多分ソレハ我邦ニハ無イ或ル一種ノ草デアラウト思フ」と述べ,紫苑の基源にシオンを充てることに疑問を呈しています.解州紫苑の図はたしかにAster 属,Ligularia 属植物のいずれの特徴でもない対生する葉,そして種子の表現もシソ科に近いかもしれません.

 薬効について『本草綱目』の中では,陳自明を引用して「今は一般に車前,旋復の根を赤土で染めて作る偽物が多いが,紫苑は肺病の要薬であって−」と記載しています.紫苑の古来の正品は不明で,Aster 属植物と Ligularia 属植物に由来する生薬が同じ薬効で用いられたのか否かも,現時点では不明です.植物のシオンは他に間違えるものが少ない植物ですが,生薬のシオンは意外に混乱していたようです.

 

(神農子 記)