基源:藁本は Ligusticum sinense Oliv. (セリ科 Umbelliferae)またはそのほか近縁植物の,和藁本はヤブニンジン Osmorhiza aristata Makino et Yabe (Umbelliferae)の根茎及び根.

 藁本はセリ科植物の根茎に由来する生薬です.本来「藁」はワラを示す漢字ですが,藁本はワラの原料であるイネやムギとは全く関係がありません.名前の由来は『新修本草』に「根の上部と地上部の下部が禾藁(カコウ)に似ているから藁本と名付けたのだ.本とは根の意味である」とあります.原植物の記載として,陶弘景は「一般に用いるのは芎藭(キュウキュウ)の根鬚(コンシュ)で,その形も香気も相類しているが,桐君の薬対には『芎藭の苗は藁本に似ているが,その花と実は同じでなく,産地も違う』といっている.今は東山(中国浙江省の地名)に別の藁本があって,形も香気もはなはだ相似たものだが,ただそれは長大なものである」と述べ,また『図経本草』には「葉は白芷香に似て,また芎藭に似ているが,ただ芎藭は水芹に似て大きく,藁本は葉が細い.五月に白花を開き,七,八月に子を結ぶ.根は紫色だ」,『新修本草』には「藁本は茎,葉,根,味に少し芎藭と区別がある」とあります.これらの記載から,藁本は芎藭と近縁な別植物であることが類推されます.芎藭は現在の川芎であり,中国産川芎は周知のようにセリ科の Ligusticum chuanxiong (= L. sinense cv chuangxiong)の根茎に由来する生薬です.現在中国産の藁本の原植物には同属植物の L. sinense,遼藁本には L. jeholense が充てられています.

 一方,Ligusticum sinense は日本に分布せず,古くから別植物が使用されてきたようです.『延喜式』には藁本として「加佐毛知,佐波曽良之」の名が記載されています.「加佐毛知」はセリ科のカサモチ Nothosmyrnium japonicum と思われ,本植物も本来日本の自生種ではありませんから,藁本の原植物として大陸から導入されたと考えられます.また,現在市場に流通している日本産の藁本はセリ科のヤブニンジンOsmorhiza aristata の根茎です。これらは外形がかなり異なっていることから,中国産と区別するために和藁本と呼ばれてきました.一般にセリ科植物には地上部の形が似ているものが多いためか,セリ科由来の生薬には異物同名品が多いようです.江戸時代にはヤブニンジン以外にも他の原植物に由来する和藁本が流通していたことが『本草綱目啓蒙』の記載から伺えます.「当帰様(とうきで)」の藁本はカサモチ,「わさび様」としてヤブニンジン,「川芎様」としてオオバノセンキュウなどの記載があります.同時に,「古渡ハ,シャグマ(赤熊)様ト称シテ根ニ数条アリテ馬尾ノ如ク紫色ナリ.最上品ナレドモ今甚稀ナリ.今渡ル者ハ根皆細シ.又享保年中ニ多ク渡ルハ根黄黒ニシテ堅ク大ニシテ,シャグマノ形ニナラズ」という記載から,原植物がなく,真物を見ることができなかった日本では,藁本は市場でも大きな混乱があったことが伺えます.

 中国医学理論では,藁本は太陽経の風薬とされ,頭痛,特に頭頂部の頭痛には不可欠の要薬とされています.また,鎮痛,鎮痙薬として,感冒頭痛,鼻炎や副鼻腔炎による頭痛,腰痛,腹痛,婦人病の諸痛などに応用されています.現在,和藁本は藁本の代用として同様の薬効を期待して使用されています.含有成分を見ますと,Ligusticum sinense はブチリデンフタリドやクニジリドなどのフタリド類があり,同属である中国産川芎の原植物 L.chuanxiongの含有成分と共通するものがあります.一方,和藁本の原植物ヤブニンジンはグアイアコールやチャビコールなどのフェノール類を中心とする化合物を含んでいます.これらの成分のみが薬効を担っている訳ではありませんが,中国産藁本の薬効は川芎に近いことが推測できます.藁本と和藁本の薬理学的な違いや使い分けは明らかになっていません.藁本が配合される処方には秦艽羌活湯,羌活防風湯などがあり,川芎との組み合わせで使用することが多いようです.そのため藁本自体の薬効の特徴が表れにくいのかも知れません.今後,研究が進むことで,和藁本を藁本の代用としてではない独自な使用法が解明されることが期待されます.

 

(神農子 記)