基源:ジンチョウゲ科(Thymelaeaceae)のジンコウ Aquilaria agallocha Roxb. などの材で,樹脂が沈着した部分

 沈香は、古来、白檀とともに香木として知られています。沈香は樹脂が沈着した材で、ベンジルアセトン、高級アルコール、テルペンなどからなる樹脂が約 50%含まれています。樹脂を含まない材は比重が0.42であることから水に浮かびますが、樹脂を含む部分は比重が1より大きいため水に入れると沈み、このことから「沈香」という名前がつけられたとされています。

 日本において、沈香に関する最も古い記録は『日本書紀』に見られます。推古天皇3年(595)の4月に、太さ三尺ほどの沈香が淡路島に流れ着いたときの話です。当初、島人は漂着物が沈香であることを知らずに、薪とともにかまどで焚いてしまいましたが、その煙が遠くまで良い香りを漂わせたことから、その後、そのものを宮廷に献上したことが書かれています。また、沈香は6世紀ごろに仏教が日本に伝来した際に、仏教儀式に使うために同時にもたらされたと考えられています。日本に現存する古い沈香としては、正倉院御物の中にある黄熟香(別名:蘭奢待(らんじゃたい))が有名です。蘭奢待は長さ156cm、重さ11kgと大きなもので、足利義政、織田信長、明治天皇といった歴史上の重要人物によって切り取られた跡が残っています。また蘭奢待という名の中には、「蘭」の文字に"東"、「奢」の文字に"大"、「待」の文字に"寺"、すなわち"東大寺"という名が隠されています。これらのことから、この沈香が非常に珍重されてきたことが伺えます。

 原植物であるジンコウAquilaria agallochaはインドから東南アジアに分布し、高さ20〜30m、幹の直径が2m以上にもなる常緑高木です。マレー産の沈香は近縁種のマラッカジンコウA. malaccensis Lam.に由来し、品質は劣るとされています。香道においては、沈香には産地および品質から、羅国(らこく;タイ産)、真南蛮(まなはん;タイ産)、真那加(まなか;マレー産)、蘇門答剌(すもんだら;スマトラ島産)、佐曽羅(さそら)などの名称がつけられています。沈香の最高級品は、伽羅(きゃら;ベトナム産)と呼ばれ、日本における"香道"の主役をなすものです。

 沈香の生産は、現在では野生品の採取に加えて人工的な方法でも行なわれています。野生品を採取する場合には、通常、ジンコウの幹に損傷した部分がないか外側から観察します。傷が見つかればその部分の表皮を削り、さらに中を調べて樹脂の沈着具合を確認します。樹脂の生成には土壌が関係するとされており、岩の多い所に生える木からは品質の良い沈香が採れるといわれています。また台風などの災害で樹木が倒れ、木に蟻の仲間や昆虫が巣を作った場合にも樹脂が沈着するとされています。また、この植物が枯れて倒れた後に土中に埋もれた場合には、材は次第に腐敗し、樹脂の部分のみが残ります。それゆえ、土中から得られる沈香は余分な部分がなくて良品であるとされています。なお、野生品として採取できる沈香の量は限られており、資源量は激減しています。現在では、主として人工的な方法により沈香を作っています。通常、植物を栽培し、幹の太さが40㎝程度になってから刀で傷をつけると、この部分に樹脂が沈着してきます。

 沈香には商取引上、1級から6級までの等級があります。最も品質の良い1級品は樹脂だけからなる塊で、表面が黒から青色を呈し、光沢があります。2級品は主に樹脂からなり、一部分に材が見られます。このように等級は樹脂の含有量に左右されますが、一方で沈香の品質はこうした外形だけでは判断できないとされます。香木であるからには,当然香りが最も重要視されます。そのため、最終的には沈香の破片に火をつけ、すぐ消して立ち上ってくる煙の香りの良さで決定されます。形態的特徴が極似していても、煙の香りが全く異なることがしばしばあるということです。

 沈香は高級な香木ですが、現代では人工的に生産されはじめたこともあって、比較的手軽に利用することができるようになりました。最近ではアロマテラピーの普及にともない、沈香を配合したお線香などが、気持ちを落ち着かせるものとして注目されています。

 

(神農子 記)