基源:ヒルド科(Hirudidae)のウマビルWhitmania pigra Whitman,チスイビルHirudo nipponica Whitman,チャイロビルWhitmania acranulata Whitmanを乾燥したもの

 ヒルは,海や淡水の中,そして陸上の湿った場所などに生息しており,種類が豊富です。日本にもいて,山道などで知らずのうちにヒルに血を吸われた経験がある方もおられることでしょう。ヒルは人や動物の皮膚に吸いつくと同時に歯でY字状に傷をつけて宿主の血液を吸い始めます。ヒルに吸血された動物の出血は止まりにくい特徴がありますが,これは,ヒルの唾液腺には抗血液凝固物質のヒルジンと血管拡張作用をもつヒスタミン様の物質が含まれており,これらの物質を注入しながら吸血を行うためです。ヒルは血を吸った後は,大きく膨れ上がり,チスイビルでは1回の吸血で体重の2倍から5倍の血液を一時蓄えることができるとされています。そして胃の中に蓄えられた血液は徐々に消化されていきます。

 ヒルは,大きさは体長2mmほどのものから40cm 以上になるものまであり,体は扁平または円筒形で,多数の輪状の縞があり,34体節からなっています。「水蛭」の原動物であるウマビルは長さ4〜10cm,幅0.5〜2cm,チスイビルは長さ2〜5cm,幅0.2〜0.3cm,チャイロビルは長さ5〜12cm,幅0.1〜0.5cmの大きさをしています。生薬「水蛭」に加工調製するには,夏から秋に捕獲し,洗浄してから,茹でたり,石灰まぶしたりして殺した後に,日光にさらして乾燥させます。生薬の品質としては,形が整って小さく,黒褐色で,泥が付着せず,虫に食われていないものがよいとされます。中は詰まっていて,断面は黒くてガラス状の光沢があります。

 「水蛭」は『神農本草経』に「味鹹平。悪血,瘀血,月閉を逐い,血瘕積聚を破り,子無きを治し,水道を利す」と収載される生薬で,漢方では,駆瘀血,通経薬として,月経閉止,瘀血腹痛,癰腫などに応用し,『傷寒論』出典の抵当丸などに配合されます。一方で,子宮収縮作用があることから,妊婦には使用してはならないとされています。

 中国には,「楚の恵王,蛭を呑む(楚恵王呑蛭)」という故事があります。楚の王であった恵王は,食事の時に,寒葅(一説に,冷たい塩漬けの野菜)の中に蛭を発見しましたが,これは食事を作った責任者の死に当たる罪であることを気の毒に思い,そのまま呑みこんでしまいました。それを知った令尹は「王には仁徳がありますので,病や傷にはならないでしょう」と言い,はたして,恵王は病を得ずに済み,さらにかねてからの腹部の疾病が治ったというお話です。このことについて,陶弘景は「楚王は寒葅を食す時に蛭を見てそれを呑んだ。ところが果たしてよく結積を去ったという。これは恵王の徳とともに,蛭がこのような性質を兼ねていたためだ」と述べ,王充も「蛭というものは血を食らう虫だ。楚王は積血の病があったらしい。それゆえに蛭を食って病が癒えたのだ」と述べています。この故事には「水蛭」の薬効がよくあらわされています。

 ヒルを医療に用いる方法として,乾燥したヒルを内服する他に,生きたヒルを外科的な治療に用いる方法は今でも世界中で広く行われています。ヨーロッパにおいては,ヒルを患部の皮膚に吸いつかせて血液を吸わせる瀉血療法が紀元前から行われてきました。またインドのアーユルヴェーダでは腫れた患部をヒルに吸わせるなどの外科的な医療に用いており,使用したヒルは,吸った血液などを吐き出させ,再度利用するそうです。アーユルヴェーダにおける医薬の神様であるダンヴァンタリは手にヒルを持っており,ヒルを重要なものとして位置付けていることが伺えます。また中国では『本草綱目』の附方に,赤白丹腫,癰腫の治療に患部をヒルに吸わせることが記されています。また日本においても,おできなどの腫れものができた時に,患部をヒルに吸わせるという民間治療が行われていました。このようなヒルによる外科的治療方法では,術後の傷跡が小さくて済むという利点もあります。

 私たち人類にとってヒルは,血液を吸うという嫌われる面もありますが,一方でその性質をうまく生かして医療に利用できる優れた面をもつ重要な生き物といえます。

(神農子 記)