基源:穀物,果物などを発酵させて醸造した酢

 酢は料理の風味をよくするだけでなく,適量は食欲を増進させ,また殺菌力が強いため,食品に加えることにより雑菌の繁殖が抑えられて保存性が高まることもよく知られています。

 昨今の酢は醸造酢と合成酢に大きく分けられます。醸造酢は,原料から醸造したアルコールに酢酸菌を作用させて酢酸発酵を行うことで作り出されます。世界各地に,その土地で作られる酒(アルコール)に関わる独特な酢があり,日本では日本酒と関わりのある米酢や粕酢が,ヨーロッパではワインからワインビネガー,ビールからモルトビネガーが作られます。一方,合成酢は,酢酸を水で薄め,アミノ酸や糖類を添加して作られます。

 酢の酸味は,主として酢酸によるもので,醸造酢ではその他クエン酸,リンゴ酸,酒石酸などとも関係があります。また含まれるアミノ酸や糖類などの組成は用いる原料により異なり,うま味や甘味などそれぞれの酢の特徴に違いが生まれます。

 薬用としての酢は,『名医別録』の下品に「醋(さく)」の名で収載され,別名を「苦酒(くしゅ)」といい,陶弘景は「苦味があるところから苦酒と呼ぶ」といっています。古来,酢には多くの種類があり,『新修本草』には「ここで醋と言うのは米醋のことで,蜜醋,麦醋,麹醋,桃醋,葡萄,大棗などの諸雑果の醋および糠・糟などの醋は,ただ食するだけで薬に入れない」と記され,また,陳臓器は「薬中に用いるには,二,三年を経た米醋を選ぶべきである」と述べ,寇宗奭は「米醋は諸醋に比べて最も酸味が強い」としています。米醋の製法については,李時珍が「三伏(夏の最も暑い時期)に,倉米一斗をきれいにとぎ,蒸しあげたあと,広げて冷まし,放置して,黄ばむのを待ち,日にさらし,水をかけてきれいにし,別に倉米二斗を蒸したものとむらなく混ぜて甕にいれ,水を満たし,密封して21日間暖かい所に置くとできる」と詳しく記しています。

 酢の主治は,『名医別録』では「味酸,温。無毒。癰腫を消し,水気を散じ,邪毒を殺す」とし,李時珍は「諸瘡腫,積塊,心腹疼痛,痰水を治す。瘀血を散じる。魚肉菜および諸虫の毒気を殺す」としています。酢を用いる処方には,『傷寒論』出典の「苦酒湯」があり,のどに瘡ができ,話ができず,声の出ない場合に用いられます。服用方法が珍しく,卵を割り,卵黄を除いて卵白だけにした卵殻の中に苦酒を入れ,半夏を浸し,刀環(刀の形をした古銭の,柄のところの環状の穴)に立てて,火にかけ煮沸し,冷ました後に少量ずつ飲みます。他には『金匱要略』出典の「黄耆芍薬桂枝苦酒湯」があり,黄汗の病(浮腫,発熱,口渇,黄色い汗が大量に出る)を治すのに用いられます。一方,『本草綱目』の「附方」には,「霍乱に,酢をそのまま,あるいは煎じて飲む」の他は多く外用薬として記載され,「癰疽がつぶれない場合に,酢で雀の屎を和し,小豆大ほどを瘡頭につけると穴があく」,「舌の腫れに,酢で釜の底の墨を和して舌の上下に厚くつける」,「やけどの治療に,酢で洗い,酢のおりを塗ると痕が残らない」,「堅くなった乳癰の治療法として,容器に入れた酢の中に焼いた石を入れて酢を温め,その中に乳房を浸す」などと記されています。なお,現代中薬学では,酢は主に炮製に用いられ,薬材は酢とともに炒ることにより,味,臭いだけでなく薬効にも変化が生じます。

 『日本の民間療法』によれば,わが国では,打身や捻挫に酢と小麦粉,卵白を練ったものを患部に貼る方法が全国的に行なわれ,クチナシの実や黄柏を加える場合もあります。また,乳腺炎などの腫れに,水仙や彼岸花の地下部をすりおろし,酢,小麦粉,卵白と練ったものを貼る方法もしばしばみられます。また,岩手県では,「乳腫れに雀の糞を酢にといてつける」方法,福井県では,「瘰癧に鍋墨を酢で練って局所へ貼る」方法が記録されており,『本草綱目』の影響がうかがえます。

 酢は,積極的に薬として利用されることは少ないですが,五行説では酸味は肝・胆の働きを助けるとされます。一方で過食は脾・胃を損なうとされますので,脾胃を補う甘味と合わせて摂ると良いようです。

(神農子 記)