基源:ダイコン Raphanus sativus L.(アブラナ科 Curciferae)の成熟種子

 根を食用にするダイコンRaphanus sativus L. は,通常秋に種子を蒔き,冬場に収穫します。収穫せずに放置すると,葉は緑色のまま枯れずに冬を越し,春には薹(とう)が立ち,先端に白色あるいは薄紫色の花をつけ,やがて結実します。果実(さや)は細長く,長さ5cm程度でくびれがあり,膨らんだ部分に種子がはいっています。種子は赤褐色でやや扁平で,これを「萊菔子」と称して薬用にします。

 栽培種のダイコンは地中海沿岸地方あるいは中近東で野生種から根の肥大するものが選ばれて作り出され,これらの地方から西アジア,中国へと伝わり,日本へは朝鮮半島を経てもたらされたといわれています。ダイコンの属名Raphanusは,ギリシア語の「raphanos(早くわれる)」に由来しており,また,漢名の「萊菔」やその別名「蘆菔(ろふく)」,「蘿蔔(らふく)」なども「raphanos」に由来すると解されています。なお,日本における現在の名称「だいこん」は,古名「おおね」に「大根」の字をあて,音読みしたものです。

 ダイコンは,世界各地にさまざまな品種があり,日本でも古くから京都の聖護院ダイコンや鹿児島の桜島ダイコンなどと,各地で特徴のある品種が作り出されてきました。大型になる桜島ダイコンでは重さ10数kgとなり,ときには40kgに達することもあります。また守口ダイコンは長さ世界一で知られ,1〜1.5メートル以上になります。味では辛味の強い辛味ダイコンがあり,ソバを食する時などに使われます。現在,青果用の品種としては主に青首ダイコンが栽培されています。

 「萊菔」は「蘆菔」の別名として,『名医別録』に「蕪菁」すなわちカブと共に収載されています。その後,『新修本草』で「萊菔根。味辛,温,無毒。散にして服用するか,炮煮して食べれば,大いに気を下し,穀を消し,痰癖を去り,人を肥健にする。生のつき汁を服用すれば消渇をつかさどる」と記されたように,当初は主として根が薬用にされていました。種子の薬用が初めて記載されたのは『日華子諸家本草』で,「萊菔子は,水ですって用いれば風痰を吐く。酢ですって用いれば腫毒を消す」とあります。『本草綱目』には,根,葉,種子に関する記載がみられ,「萊菔子」について,李時珍は「生のものはよく昇らせ,熟すればよく降ろし,昇れば風痰を吐かせ,風寒を散らし,瘡疹を発し,降りれば痰喘咳嗽を定め,下痢後重を調え,内痛を止める。いずれも気を利す効果であって,私はかつてこれを用いて著しい成績を挙げた」と述べ,痰気喘息,風痰,風寒などに対する附方を紹介しています。様々な部位が薬用にされてきましたが,現在の『中華人民共和国薬典』には種子のみが「萊菔子」として収載され,消化不良,腹痛,下痢,咳嗽,痰が多いときなどに用いています。

 ダイコンは日本の民間療法でもよく使われ,種子は腹痛にそのまま粉にして飲んだり,咳込むときに炒って粉にしたり,煎じて飲みます。根も多く薬用にされ,とくに大根おろしは内服薬として感冒,麺類の食べ過ぎ,二日酔い,胸やけなどに利用され,また外用薬として肩こり,打身,腫物,火傷,しもやけなどの患部に貼り,日射病には背中や足の裏に塗りつけるなどの療法があります。また,咳に薄切り大根を水飴に漬けた汁を飲む療法もよく知られ,これら以外にも餅などがのどにつかえたときに絞り汁を飲む,歯痛に大根おろしを布に包んでふくむ,鼻血におろし汁を布にひたして栓をするなど,多くの利用法があります。また,ダイコンの葉を乾したものを干葉(ひば)といい,5株分ほどの干葉を水でよく煮て浴槽に入れた干葉湯に浸かると体がよく温まり,痔,神経痛,腰痛,冷え症,婦人病などに効果があるとされています。また,生葉は熱さましに額に貼ったり,虫下しに煎じて飲んだりします。

 ダイコンは,李時珍が「根,葉いずれも,生でもよく,煮てもよく,漬け物にするのもよい。野菜の中で最も利益があるものだ」と述べています。冬は体調を崩し易い季節ですが,この時期に旬を迎えて美味しくなるダイコンを積極的に食事にとり入れて,健康維持に役立てたいと思います。

(神農子 記)