基源:Pheretima aspergillum Perrier 又はその他近縁動物(フトミミズ科 Megascolecidae)の全体を乾燥したもの

 ミミズを乾燥したものは生薬名を「地龍」と称し,古来,解熱薬としてよく利用されてきました。「ミミズ」は環形動物門貧毛綱に属する動物の総称で,世界各地に分布しています。体は円筒形で細長く,前方に口,後方に肛門が開き,ほぼ同じ大きさの100〜200の環節からなっています。体長は10cm内外のものが多いのですが,中には1mmにもみたないものから,1m近くになる巨大なものまで存在します。生薬「地龍」としては,フトミミズ科のPheretima属動物が用いられ,中国産は内臓を取り除いた扁平なヒモ状で,日本産は内臓を取らずにそのまま棒状に乾燥されています。

 生薬としてのミミズは,『神農本草経』の下品に「白頚蚯蚓(はっけいきゅういん)」の名称で収載され,その後の『図経本草』に「地龍」の名称が初見されます。『本草綱目』には「蚯蚓」の名で収載され,主治として「傷寒,瘧疾の大熱狂煩,大人,小児の小便不通,急性,慢性の驚風,歴節風痛,腎臓風注,頭風の歯痛,風熱赤眼,木舌,喉痺,鼻瘜,聤耳(耳だれ),禿瘡,瘰癧,卵腫,脱肛に主効があり,蜘蛛の毒を解し,蚰蜒が耳に入ったのを治療する」と記されています。また,歴代本草書中には,ミミズの糞も薬として用いることが記されており,『本草綱目』には「蚯蚓泥」として収載されています。

 「地龍」の修治について,李時珍は「薬に入れるには,末にすることもあり,水に化することもあり,灰に焼くこともあって,それぞれ対症上適宜の方法にしたがう」と述べています。現在では一般的に乾燥したものを刻んだり細末にしたりして用いています。「水に化す」という記載は歴代本草書中にもあり,陳蔵器は「泥を去って塩で水に化したものは,天行諸熱,小児の熱病,癲癇に主効がある」と述べ,蘇恭は「葱で化して水にしたものは耳聾を治療する」と述べています。また,『本草綱目』中の「附方」にも歯痛や咽喉の腫れに塩で水に化したものを用いる方法や,耳だれや蜘蛛に刺された時に葱の葉の中に入れて水に化したものを用いることが記されています。「水に化す」とは,恐らく生きたミミズに刺激を与えて出てきた体液などを利用することを指していると思われ,珍しい利用方法です。

 一方,日本では,ミミズは主に民間薬として用いられてきました。『日本の民間療法』によれば,熱さましにミミズを生のままあるいは干したものを煎じて飲む,尿のつまりにミミズをよくついて冷水に浸して飲む,小児のひきつけに干したミミズを煎じて飲む,喘息にミミズと馬の爪と南天の葉を一緒に煎じて飲む,百日咳にミミズを煎じて飲む,下痢にミミズを煎じて飲む,歯痛にミミズを紙に巻いて棒状として噛む,イボ痔にミミズを髪と共に弱火で煮て油で練ってつける,耳の病気に耳にミミズを挟む,などの方法が記載されています。これらの療法の中で,ミミズを解熱に利用する方法に関しては,日本の北から南まで33の都道府県で記録されており,この知識がほぼ日本全国に広まっていたことがわかります。このことは,ミミズが全国的に人々の生活域の中に豊富に棲息していて入手しやすく,かつ優れた解熱剤として高く評価されていたことの表れだと思われます。

 ミミズは落ち葉や腐りかけた有機物を餌とし,糞として地上に排泄します。この行為により土地は耕され,ミミズが作る孔道は土壌内への空気の流通を良くするとともに,水の浸入を容易にさせます。その結果,植物は根を張りやすくなり,生育促進へとつながります。また,ミミズが摂取する食物中には相当量の酸が含まれますが,腸内を通過するときにミミズ特有の器官である石灰腺の働きで中性近くに変化させることも土壌改良に役立ちます。このようなミミズの有用性をはじめて紹介したのは,『種の起源』を著し進化論を提唱したダーウィンです。ダーウィンは約40年間にわたりミミズの生態を観察し,食べた土壌を糞塊として地表に排出する土壌耕耘を行っていることを報告しています。昨今は食用として養殖もされています。余り気持ちのよい動物ではありませんが,こうして見ると,地球上には無駄なものが何一つないのではないかと考えさせられます。

(神農子 記)