基源:キハダ Phellodendron amurense Ruprecht 又は P. chinense Schneider(ミカン科 Rutaceae)の周皮を除いた樹皮

 黄柏の採取は梅雨明け頃に行われます。この時期は樹皮と材との間,また樹皮と厚いコルク層との間にある形成層が盛んに分裂しているので細胞が柔らかく,樹皮やコルク皮を簡単に剥ぐことができるからです。樹から剥いだばかりの樹皮の内側はなめらかでみずみずしく,鮮やかな濃い黄色を呈しており,内側と外面との大きな違いに強烈な印象を受けます。またコルク皮を剥がした面は内側よりも濃い黄色をしています。原植物のキハダという名はこの樹皮の色に由来しています。キハダ(中国名:黄蘗) P. amurense は,日本や中国など東アジアの北部山地に分布し,高さ25mにも達する雄雌異株の落葉高木で,太い幹は厚いコルクで覆われています。もう一つの原植物 P. chinense は日本には分布せず中国に自生し,中国名は「黄皮樹」と称します。こちらの種はキハダと比較して,高さが10m程度とやや小型で,コルクが厚くならない点が異なります。中国では,キハダに由来する商品は「関黄柏」という名称で東北地区から産出し,P. chinense に由来する商品「川黄柏」は,四川省,貴州省などから産出します。いずれも厚みがあり,コルク皮の付着がなく,鮮黄色で,苦いものが良品とされます。

 黄柏の苦味は,ベルベリンなどのアルカロイドに因るものです。黄柏に含まれるベルベリンの量は採集時期や採集部位で異なり,一本の木では,上部や枝に比べて,根元の方で高いことが報告されています。このことからもわかるように,生薬にはいろいろな要因により品質にばらつきがあり,私たちが薬として利用する際にはそのことをよく理解しなければなりません。ベルベリンを含有する生薬としては他に黄連も有名です。黄連と黄柏の粉末は共に苦くて黄色い粉ですが,黄柏は粘液細胞を含有するため水を加えるとすぐに粘性を生じることで,容易に両者を鑑定できます。

 黄柏は『神農本草経』の中品(上品とする版もあります)に「蘗木(ばくぼく)」の原名で,「味苦寒。五臓,腸胃中の結熱,黄疸,腸痔をつかさどる。洩利を止める。女子の漏下赤白,陰傷蝕瘡・・・」と収載され,また『名医別録』には「驚気が皮間にあって肌膚熱し赤起するもの,目熱赤痛,口瘡。久しく服すれば神に通じる。」と記載され,黄連解毒湯,梔子蘗皮湯,温清飲などの処方に配合されています。黄柏の服用方法について,李時珍は「四物湯に知母,黄蘗を加えて久服すれば,胃を傷め,陰を生じることができないとの戒がある。」と述べ,長期間服用することは避けたほうがよいとしています。また「黄蘗は性寒で沈む。生で用いれば実火を降ろし,熟して用いれば胃を傷めない。酒で制すれば上を治し,塩で制すれば下を治し,蜜で制すれば中を治す。」と,黄柏を用いるには相応の修治が必要で,胃を傷めないためには,加熱するのがよいとしています。

 日本では,古来各地で黄柏エキスを主剤とする薬が用いられてきました。奈良県の「陀羅尼助(だらにすけ)」,信州地方の「百草」,山陰地方の「練熊(ねりくま)」などが胃腸薬としてよく知られています。「陀羅尼助」は寒い乾燥した時期に寒中の水を使って黄柏を熱湯で煮て焦げつかないように煮詰め,粘り気の強い水飴状のエキスにし,それを濃縮し,乾燥させ板状に製したものです。また日本の民間療法では,健胃整腸の目的以外に,口内炎,歯痛,扁桃炎,肺炎,結膜炎,痔,打撲,水虫,湿疹などに,煎液や黄柏末を内服したり,煎液を点眼薬としたり,粉末を酢で練って外用したりします。『本草綱目』の附方にも,赤目,喉の腫れ,口瘡を治療するなどの用法が載せられています。時代を下るにしたがって日本の民間療法に『本草綱目』などに記載された療法が付け加えられてきたのでしょうか。また古くから黄柏は薬としてだけでなく染料としても用いられてきました。黄柏には防虫作用があることから,特に長期間保存する必要がある経典,戸籍帳,薬物書,医方書などの紙を染色するのに使用され,そのような書物の表紙は現在でも黄色をとどめています。黄柏は,他の生薬に比して,より生活に密着しながら受け継がれてきた生薬といえます。

(神農子 記)