基源:クチナシ Gardenia jasminoides Ellis(アカネ科 Rubiaceae)の果実

 クチナシは常緑性の低木で公園や民家の庭にしばしば栽植されており,梅雨の時期に開花する花の大きな白い花弁と濃厚な甘い香りは,私たちに強い印象を与えます.日本の静岡県以西の本州,四国,九州,南西諸島にかけて,また台湾,中国などに自生が見られます.果実の形は非常に特徴的で,ラグビーボールのような両端が尖った楕円体の先に宿存性で線形のがく片が残り,果実の表面にはがく片から続く縦の稜があります.果実は熟すると黄赤色になり,中には種子が入っています.和名の「クチナシ」は,果実が熟しても裂開しないことから名づけられたという説が一般的です.漢名「梔子」の語源については,『本草綱目』の中で李時珍が「巵は酒器のことであって,巵の子がそれに象(に)ているから名付けたのだ.俗に梔と書く」と述べています.日中両国において植物名が果実に由来していることは,この植物の果実の形がよほど人々の目を引いたことの現れでしょう.

 クチナシには花が大きいもの,八重咲きのもの,全体に小型なものなど多くの品変種があり,果実はその色や形により,山梔子,紅梔子,黄梔子,水梔子などと称され,薬用とする山梔子は丸みを帯びた形をしています.中国の市場には水梔子と称する長めのものが出回りますが,これは薬用にはならず染料として用います.薬用の良品としては,『図経本草』に「皮が薄く圓く小さく,七稜から九稜まである刻房のものが佳い」とされています.しかし,果実の表面にある稜の数は,実際には6稜の場合が多く,7稜から9稜のものは稀です.その稀であることが尊く,薬効が高いと考えたのかもしれません.また山梔子の修治法に関しては,『本草綱目』に,朱震亨の「上焦,中焦を治すには殻のまま用い,下焦には殻を去り,洗って黄漿を去り,炒って用いる.血病を治すには黒く炒って用いる」と,王好古の「心胸中の熱を去るには仁を用い,肌表の熱を去るには皮を用いる」の説が紹介されています.山梔子を用いるときに皮を去るか否かについては,検討する必要がありそうです.

 山梔子は,『神農本草経』の中品に「巵子」として,「五内の邪気,胃中の熱気,面赤酒皰,●鼻,白癩,赤癩,瘡瘍を主どる」と記され,また『名医別録』には「目赤熱痛,胸心,大,小腸の大熱,心中煩悶を療ず」と記されています.『図経本草』に「張仲景及び古今の名医は発黄を治すに,巵子,茵蔯,甘草,香豉の四物を用いて湯飲とした.その方は極めて多く,ことごとくを記載することはできない」とあるように,山梔子を用いた処方は多く,茵蔯蒿湯,黄連解毒湯,加味逍遙散,防風通聖散,竜胆瀉肝湯など多数の処方に配合されています.また山梔子を用いた単方も数多く知られており,『本草綱目』の中で李時珍は山梔子の主治は「吐血,衂血,血痢,下血,血淋,損傷瘀血,及び傷寒労復,熱厥頭痛,疝気,湯火傷を治す」と記し,それらの主治に応じた附方を紹介しています.

 日本の民間療法においてもクチナシの果実が用いられることは多く,消炎,止血,鎮静,不眠,食道炎,胸痛,胃痛,めまい,口内炎,歯肉炎,扁桃炎,打撲,頭部湿疹,酒●鼻,乳腺炎,抜け毛などに,内服する場合には,粉末や黒焼きあるいは煎じ液を飲み,外用する場合には,粉末や黒焼きあるいは煮汁や絞り汁に小麦粉,卵白,胡麻油などを加えて練って患部につけたりします.ただし,クチナシの果実は,胃腸が弱く軟便気味の人には適しません.またクチナシの果実は日本において古来黄色染料としても用いられており,『延喜式』には,黄支子,深支子,浅支子という色名が記されています.この「支子」はクチナシのことで,黄支子はクチナシだけで染め,深支子と浅支子はクチナシで黄色を染めてから紅花を重ねて染めたことが知られています.またクチナシの果実は,繊維を染める他に食品用着色料として,正月のお節料理の栗きんとんや,節句やお祝いの時に食べるご飯や餅を黄色く染めるのにも使われてきました.節句やお祝いなどの折々にクチナシで染めたものを口にすることは,食養生の意味もあるのではないでしょうか.

 

 文中の●は、査へんに皮です。

(神農子 記)