基源:ハトムギ Coix lacryma-jobi L. var. mayuen Stapf (イネ科Gramineae)の種皮を除いた種子

 「薏苡仁」は『神農本草経』の上品に収載されている生薬で、その薬効は「筋急し、拘攣して屈伸ができないものや、久風湿痺を治し、気を下す。」と記されており、麻黄杏仁薏苡甘草湯、薏苡仁湯などの処方に配合されています。「薏苡仁」はイネ科のハトムギ Coix lacryma-jobi var. mayuen の種皮を除いた種子を用います。また外殻(苞鞘)をつけたまま乾燥したものは「鳩麦(はとむぎ)」と称し、主に炒ったものを煎じて「鳩麦茶」として飲まれています。

 ハトムギはジュズダマ Coix lacryma-jobi L. の栽培型で、栽培の発祥地はインドから東南アジアにかけてとされています。中国には後漢の時代に馬援将軍がベトナムに遠征した際に持ち帰り伝えられたとされ、変種名の"mayuen"は将軍の名前に因んでつけられています。日本では、江戸時代享保年間に栽培が開始されたといわれており、近年では水田転換作物として栽培がすすめられています。2002年の国内年間生産量は約500トンで、国内需要の約6%が国産品でまかなわれています。ジュズダマも薬用になり、成熟果実を乾燥したものは「川穀(せんこく)」として「薏苡仁」の代用品として用いられます。また葉は「川穀葉(せんこくよう)」として民間で使用されます。ジュズダマは中国南部からインドシナ半島に分布し、日本には古くに伝わり栽培されていましたが、現在では帰化植物として民家に近い水辺のほとりなど湿った場所に生育しています。

 ハトムギとジュズダマの植物体はよく似ていることから、薬用とする場合には注意深く鑑定することが重要です。ハトムギとジュズダマの区別点は、前者では果実の外殻(苞鞘)が硬くならず、後者では硬くなり光沢を持つ点です。また前者では種子がもち性で噛むと歯に粘着するのに対し、後者ではうるち性で粘着しない点で異なります。『本草網目』の中でも李時珍は「一種は歯に粘るもので、尖っていて殻が薄い、即ち薏苡(ハトムギ)である。その米は色白く、糯米(もちごめ)のようなもので、粥、飯にもなり、また粉にして食べ、酒に醸すこともできる。一種は丸くて殻が厚く、堅硬なもので、即ち菩提子(ジュズダマ)である。ただ綴って経をよむときの数珠になるだけだ。」と2種の違いを明確に述べています。

 『本草網目』では、「薏苡仁」の主治は「脾を健にし、胃を益し、肺を補し、熱を清し、風を去り、湿に勝つ。飯として炊いて食べれば冷気を治し、煎じて飲めば小便熱淋を利す。」と記され、附方の項では、水腫喘急、沙石熱淋、消渇飲水、肺癰喀血などに用いる方を紹介しています。その中で、「薏苡仁」の服用方法として、煎じて飲む他に、ご飯あるいはお粥として食べる方法があることが記されています。現在でも「薏苡仁」は薬用とされる一方で、穀物として利用されることもあります。附方の項では、「薏苡仁飯」、「薏苡仁粥」が掲載され、「薏苡仁飯は冷気を治す。薏苡仁をよく搗いて飯として炊いて食べる。」「薏苡仁粥は、久風湿痺を治し、正気を補し、腸、胃を利し、水腫を消し、胸中の邪気を除き、筋肉の拘攣を治す。薏苡仁を末にし、粳米と共に粥に煮て毎日食べると良い。」「薏苡仁粥は、消渇飲水の効がある。」と記されています。

 日本の民間療法でも、「薏苡仁」をお粥として食べると、体の筋がこわばるのを治し、また糖尿病にもよいとされています。また日本で「薏苡仁」は疣取りの妙薬として有名で、1日分10〜15gを単味で煎じて飲む、あるいは同量の木賊と共に煎じて常にお茶のように飲むと効果があるといわれています。この他にも「薏苡仁」は、煎じて飲むと、滋養強壮の効があり、皮膚のつやもよくなるとされています。近年では、穀物としての価値も高く評価されており、「薏苡仁」を料理に使用して食べる人も増えているようです。『本草網目』には、疣取りについての直接の記載は見当たりませんが、水の滞りを去ることが疣や浮腫など体内の余分な水分を除くことにつながるようです。

(神農子 記)