基源:ゴマSesamum indicum L. (ゴマ科Pedaliaceae)の種子

 胡麻は独特の香りと食感があり,料理の風味づけには欠かすことができない食材です.炒り胡麻,きり胡麻,すり胡麻として用いたり,胡麻塩,胡麻豆腐,胡麻味噌などにして食したりされています.胡麻を圧搾して得られる胡麻油は,食用とする他に薬としても用いられており,日本薬局方に「ゴマ油」の名称で収載され,軟膏などの基剤として用いられています.

 胡麻は,ゴマ科(Pedaliaceae)のゴマSesamum indicumの種子に由来しています.草丈1〜2メートルの植物で,花期は夏です.花は白色から薄紫色で,茎の葉腋につき,直立する茎の下から上へ順に咲き,朝開き夕方には落下してしまう一日花です.円柱状果実の中にある多数の種子の色は品種によって様々で,種皮の色で,黒胡麻,白胡麻,金胡麻などと呼ばれています.またゴマは油糧作物中最も多く油を含んでいることが知られています.シルクロードを通じて西域(胡)から中国へ伝わったことから,胡麻という名がつき,その後日本に伝わりました.

 『本草綱目』の胡麻の項には,胡麻以外に,白油麻,胡麻油などが記されています.胡麻には油が多く含まれていることから「油麻」「脂麻」などの別名があり,「白油麻」とは「白胡麻」のことです.なお現代の中国では「芝麻」という名称が一般的です.胡麻は,「古代には胡麻を仙薬としたが,近代では用いることが稀である.ただ久しく服すれば益があるものに相違ない.」と李時珍が記しているように,処方中に入れられることはほとんどありませんでしたが,神仙家が養生のために好んで用いていたことから,一般の人にも滋養強壮に優れた食品として重視されるようになりました.神仙家による胡麻の服食法については,李時珍は『薬性論』を引用して「胡麻を白蜜(蜂蜜)と等分に混ぜて製した静神丸は,肺気を治し,五臓を潤すのにその功甚だ多い.人の精髄を充たし,男性に有益である.患者が甚だしく虚した場合に用いる.」と紹介し,他に胡麻と棗膏を混ぜる,胡麻と米をともに炊く,などの方法を紹介しています. また,明代には,世間一般で胡麻を食すようになり,緑豆とともに食すことが多いと述べています.また胡麻には「黒胡麻」と「白胡麻」がありますが,李時珍は「油を取るには白いものが勝り,服食には黒いものが良い.黒なる色が入って腎に通じて能く燥を潤す特長によるものである.」と述べ,胡麻を搾った胡麻油については「薬に入れるには烏麻油が上位にあり,白麻油はこれに次ぐ.自ら搾って用いるが良い.」と述べており,いずれも「黒胡麻」を勧めています.胡麻油の効能については「生で用いれば,燥を潤し,毒を解し,痛を止め,腫を消し,蟲を殺す.」と記されています.

 江戸時代に書かれた『本朝食鑑』の胡麻の項には,五行説に基づき「黒胡麻は腎に作用し,白胡麻は肺に作用する.ともに五臓を潤し,血脈をよくし,大腸・小腸をととのえる.」と記されています.また胡麻油は「熱毒を下し,大腸・小腸の調子をよくし,虫毒を解する.塗れば,肌つやをよくし,痛みを止め,腫れを消す.」と記されています.著者である人身必大も「わたしの厳父はつねに黒胡麻・胡桃肉・クコ葉・五加葉・山椒・白塩などを調製し,細末にして,飯の後で白湯に入れて服用し,これを朝夕の日課にしていたが,老を終わるまで強健・無病であった.わたしも,これを遺訓として,今日までずっと服用しているのである.」と自らの健康のために黒胡麻を利用していたようです.

 日本の民間療法に,いぼ痔や痔からの出血に黒胡麻と茯苓を蜂蜜で練って食べるという方法がありますが,これも『本草綱目』中にも紹介されている内容で,しばらく続けていると気力が衰えず,あらゆる病が自ら去り,痔も次第によくなることが記されています.

 陶弘景は,胡麻は「まことに手近なものであるが,学者はそれさえ常服できないのだから,いわんや他の薬を服することは覚束ないことだ.」と嘆いています.胡麻はいろいろな用途に使用することができますので,教えにあるように毎日少しずつ食事の中に取り入れていきたいと思います.

(神農子 記)