基源:ヤマモモMyrica rubra Siebold et Zucc.(ヤマモモ科Myricaceae)の樹皮

 ヤマモモは関東地方以西の暖地の海岸や海岸に近い山地に多い常緑の高木で,大木は20メートルに達します。大気汚染,乾燥,貧栄養などにも強いため,街路樹として公園などに良く植えられています。木が丈夫なのは,根に根粒菌を共生させているからだとされます。葉は枝に密に互生して着き,倒披針形で,長さ7〜10センチ,縁は全縁か低い鋸歯があります。雌雄異株で,花は早春に咲きます。果実は6〜7月に熟し,球形,暗赤色で,大型のもので直径2センチ程度,表面に小さなつぶつぶがある独特なもので,食べられます。食用に改良された「瑞光」や「森口」などの品種が良く知られています。徳島県の県木,高知県の県の花に指定されていますが,花は目立つものではありません。

 漢名は「楊梅」で,薬用としては『開宝本草』に初収載され,果実の効能が書かれています。「味は酸で無毒。主に痰を去り,嘔吐を止め,食を消し,酒を下す。乾燥して粉にしたものを飲酒時に小さじ一杯程度服用すると酒を吐くのを止める。」とあります。一方,三品分類では下品とされ,「多食すると熱を発する」と続いています。『食療本草』にも「食べ過ぎると歯および筋肉を損なう」とあり,味が酸であることと関係しているようです。

 日本でも民間的に,5〜6月頃に未熟な果実を採り,塩漬けにして2?3粒食べると酒毒を消すとされるのは,中国の影響だと思われます。

 日本では,ヤマモモの薬用は果実よりも樹皮すなわち楊梅皮が捻挫や打撲傷の湿布剤とされることのほうが有名で,楊梅皮末のみあるいは等量の黄柏末を加えて酢で練って厚く患部に塗り,ガーゼか布で被い,乾燥したら塗り替えます。また,3〜10gを煎じて下痢止めとして内服され,扁桃腺炎,口内炎,口内のただれなどにはうがい薬として用い,湿疹やかぶれには煎液を冷やして塗布します。ただし,煎じ液を口に含むと激しい性質のために口中が痛み,鼻に気が発出するとする記載もあります。その他,頭痛,高血圧,心臓病,腎臓病などにも用いられたようです。

 一方,中国では樹皮の薬用はそれほど盛んではなく,『本草綱目』には樹皮と根を煎じて悪瘡や疥癬を洗うこと,ヒ素中毒に内服すること,灰を油で整えて火傷に使用することなどが記されていますが,日本のように湿布薬として利用する記載はありません。こうした樹皮の多様な利用は日本独自のもののようです。

 ちなみに,小泉栄次郎の『増訂和漢薬考後編』には,「一切の損傷に末にして貼る。うどん粉に合して損傷した骨を接ぐ。」などと記されています。その他,民間療法として,中国の影響を受けてヒ素中毒に用いられることが記載されていますが,蕎麦にあたった時の解毒薬としての効能もあげられています。

 楊梅皮にはタンニンが多く,昔は漁網の強度を強めるために染料として利用されてきました。ヤマモモの木が海岸に多いのは,漁民が積極的に植え,また保護してきた結果であるとも考えられます。また,豊漁を目的として植えたとする記載もあります。最近では,山に木を植栽することで海がよみがえって,漁業に好影響を与えることが知られています。地味で赤い果実以外は余り目立たない木ですが,県木や県の花に指定されているのは,ヤマモモのこのような漁業とは切り離せない有用性にあったのでしょうか。

(神農子 記)