基源:ヨーロッパミツバチApis mellifera Linne 又はトウヨウミツバチApis indica Radoszkowski(Apidae)が集めた甘味物。

 蜂蜜は,単なる花蜜の濃縮品ではなく,働き蜂によって花をはじめとする植物の蜜腺から出る分泌液(蜜)が集められたのちに,蜂の唾液腺からでる酵素スクラーゼによって主成分のショ糖が加水分解されてブドウ糖と果糖に変化したものが,さらに巣の中で濃縮されて水分濃度が低い状態で貯蔵されたものです。昨今多く養蜂種として利用されるヨーロッパミツバチやトウヨウミツバチは,自然界では岩穴や樹の穴に営巣します。現在のような養蜂技術が開発されるまでは,そうした蜜が集められていました。

 中国医学では,薬用として『神農本草経』の上品に「石蜜」が収載され,「心腹の邪気,諸驚癇痙を主治し,また五臓を安んじ,諸々の不足を主治する。気を益し,中を補い,痛みを止め,毒を解し,衆病を除き,百薬を和す。久しく服用すると志を強くし,身を軽くし,飢えることなく,老いることもない」とあります。石蜜とは高山巌石の間に営巣されたものから得た蜜のことであり,蜂が営巣する場所によって,木蜜や土蜜などと区別されていました。

 『名医別録』では「色白くて膏の如きものが良い」と記していますが,陶弘景はさらに蜂蜜の色や味について,石蜜は青赤で少し酸味があり,木蜜と呼んで食するもののうち蜂が樹の枝にぶら下げて作るものは青白く,樹の空洞や人家で養蜂して作るものは白く味が濃厚で,さらに土蜜は土中に作るもので,青白くて酸味がある,と概要を述べています。アカシアやレンゲ由来の蜜は淡黄白色であり,ソバ由来の蜜が最も濃い褐色を呈するなど,蜂蜜の色は,蜜源となる植物種によって淡黄白色〜褐色と異なり,また香りや味も異なります。陶弘景が云う青白い蜜とは,アカシアやレンゲ,あるいは百花蜜とよばれる雑蜜のように比較的淡い色を示すものであったと思われます。味については一般に果樹系の蜜は酸味が強いといわれることから,陶弘景が記した酸味のある蜜は果樹由来であったのでしょうか。

 李時珍は「火筋を赤く焼いて中に挿入したとき,気が起こるものが真物であり,煙が立ち上るものは偽品である。」と真物の見分け方を述べています。真物とは蜂の巣から直接得たものであり,偽品とは雑ざり物があったり,蜂の巣を煮て得られたもののようです。蜂蜜は果糖よりもブドウ糖が多いと白く結晶しやすく,ブドウ糖よりも果糖が多いとき,また混ざり物や水が多いものは結晶しにくいため,白く結晶することは純粋なものの証にもされています。

 蜂蜜の効果について,李時珍は「(生では)性が涼でよく熱を清す。熟(加熱)すれば性は温となり,よく中を補う。味が甘で和平の作用があるため,よく毒を解す。柔かつ濡沢であるため,よく燥を潤す。緩は急を去ることから,よく心腹・肌肉・瘡瘍の痛みを止める。」とまとめています。現在,中医学では腸を潤滑にして大便を排出させる潤下薬に分類され,潤腸通便,清熱・潤肺止咳,補中・緩急止痛に働き,性は甘で甘草のように解毒し,薬性を調和するとされています。昨今の市販品は採集後に加熱処理されているそうです。

 採集時期について,『食物本草』では「冬,夏のものが上位で,秋のものはこれに次ぐ。春のものは味が変じて酸くなりやすい」とされますが,『デイオスコリデスの薬物誌』では,「春にとった蜂蜜が最も良質で,次によいのは夏の蜂蜜である。冬の蜂蜜は濃くて品質が悪く,蕁麻疹などの腫れものと水疱の原因になる。」と書かれています。また,『中華人民共和国薬典2005年版』では「春から秋にとって濾過する。」と規定されるなど,採取時期においても諸説があります。こうした違いは,おそらく地域差による開花植物種の相違ではないかと考えられます。

 なお,蜂蜜はしばしば健康食品として利用されますが,主成分はあくまでブドウ糖と果糖であり,高カロリー食品であることに違いありませんので,カロリー制限が必要な人には要注意です。

(神農子 記)